アイ・ビー・エム ビジネスコンサルティング サービス 代表取締役社長,日本アイ・ビー・エム グローバル・ビジネス・サービス事業 専務執行役員 椎木 茂氏
アイ・ビー・エム ビジネスコンサルティング サービス
代表取締役社長
日本アイ・ビー・エム グローバル・ビジネス・サービス事業 専務執行役員
椎木 茂氏

 2008年、世界と日本の経済環境は激変した。2007年度と2008年度における日本の上場企業の業績を比較すると、黒字かつ売り上げ増の企業の割合は2007年度の62%から2008年度には26%に減った。一方、赤字・売り上げ減の企業は10%から31%に増えている。もちろん、すべての企業が業績を悪化させたわけではない。2007年に赤字・売上減だった企業中31社が、2008年度に黒字・売り上げ増に転換した。

 現時点で、「トンネルがいつまで続くのか」、「トンネルを抜けた後の景色はどのようなものか」といった見通しを示すことは困難だ。ただ、はっきり言えるのは、世の中は変革を必要としているということ。IBMが打ち出したSmarter Planetは、変革を実現して新しい時代を生き抜くためのビジョンである。

 1900年代と比べて、世界中の水使用の増加率は6倍になった。日本全体で交通渋滞による年間損失時間は38億時間で、金額に換算すると約12兆円に上る。北米の小売業者の在庫切れによる売上機会損失は、9.3兆円と推定される。これらの例は、変革が求められる様々な事象の一部だ。

 変革の必要性を最も強く実感しているのは経営者だろう。2008年のIBMの調査「IBM Global CEO Study」によると、抜本的な変革が必要と考えるCEOは8割に達した。また、多くのCEOが「必要な変革の一部しか実現できていない」と課題を感じている。

「3つのI」を生かして推進するSmarter Planetの4つの方向性

 私たちは、「3つのI」が企業に変革をもたらすとして重要と考えている。第1の「I」はInstrumented(機能化)である。あらゆるモノにチップが埋め込まれ、その状態をリアルタイムで計測・感知できるようになった。第2の「I」はInterconnected(相互接続)。人やモノ、システムが相互につながり連携することが可能だ。第3の「I」はIntelligent(インテリジェント化)である。膨大な情報を処理・解析することで、新しい知見を得られる。

 3つのIを上手に活用することで、企業や社会をより賢くよりスマートにすることができる。Smarter Planetを実現していくための課題は4つ。New IntelligenceとDynamic Infrastructure、Smart Work、Green&Beyondである。

 まず、New Intelligence。従来の多国籍企業の組織モデルは、各国拠点の独立性が高く、地域内で生産から販売まで統合的な機能を持つというもの。これに対して、世界中の拠点を1つの組織として運営し、地球規模での最適化を志向する企業が出現している。世界中の拠点をリアルタイムでつないで、意思決定のスピードを速めるのが目的だ。こうした企業体を、GIE(Globally Integrated Enterprise)と呼ぶ。このほど提供を始めたBAO(Business Analytics and Optimization)も重要な要素だ。過去を分析して意思決定した従来のスタイルから、リアルタイムデータを基に将来を予測して決定を下せるようになる。

 2つ目のDynamic Infrastructureを代表する動きとしては、クラウドコンピューティングが挙げられる。仮想化と標準化、自動化によって、利便性向上とともにコストも削減できる。標準化されたサービスを即活用できるパブリッククラウド、ユーザー企業の要求に合わせ効率化を実現するプライベートクラウド。両方の分野で、そのサービス内容はますます拡充されている。情報システムにおける「所有から利用へ」の動きは、今後急速に進むだろう。

 3つ目はSmart Work。システムや業務の連携によって、ビジネスプロセスや人々の働き方が変わる。その一例は、当社が実証実験を行っている次世代金融システムである。この実験は銀行や保険、証券などの金融機関が相互連携してサービスを提供するもの。例えば、ある銀行で住所変更届けを提出すると、その情報は他の金融機関のシステムに伝えられ手続きが自動的に完了する。顧客の利便性が向上する一方、金融機関にとっては業務の効率化と的確な顧客対応が可能になる。

「Fast Eats Slow」の時代、マネジメントのあり方が変わる

 4つ目のGreen&Beyondだが、環境対策の重要性については広く認識されている。そこで「Sense→Analyze→Visualize→Action」というサイクルを回すカーボンマネジメントを提唱している。ナレッジデータベースの活用によって、「どんな施策でどの程度のCO2削減が可能か」を見積もることができる点が、このソリューションの特長である。

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 ここで、厳しい経済環境を勝ち抜くための具体的なアプローチを提示したい。その前提となるのが、経営層による現状認識や危機意識の共有。当社ではそのための手法を「戦略キャンプ」と呼んでおり、実際に合宿形式で実施する。

 検討する施策は、コスト削減のほかにも大きく3つある。第1に情報活用力強化で、換言すれば「最適化で勝つ」こと。営業要員の最適配置や営業管理の見直し、会議改革などが含まれる。第2にマーケティング力強化。「着眼点、発想で勝つ」というアプローチである。この分野ではWebブランディングやコールセンター改革、法人営業改革などが考えられる。第3に組織活性化。これは「実行力で勝つ」ための施策で、マネジメント研修やセールス道場などがある。

 今回の経済危機がもたらしたものは、意思決定のパラダイムシフトである。かつては「大が小を飲む」と言われたが、今は必ずしも適切な表現とは言えないだろう。これからは「Fast Eats Slow」の時代である。いち早く変化を察知し、素早く意思決定を行い自らを変えていく。そのスピードが企業の将来を左右するだろう。