安川電機 取締役社長 利島 康司氏
安川電機 取締役社長
利島 康司氏

 今、大変な不況の中にいる。いくつかの経済指標に表れ始めたように、「100年に1度」と表現された大不況もようやく底を打ちつつある感じがするが、以前のような好景気に戻るにはまだまだ時間が必要だろう。ピンチは、チャンスに変えられる。そのためには、景気がいつ立ち上がるのか、市場やユーザーの状況がどのように変化しているかの潮目を早く読みとり、「今やらなければならないこと」「今だからできること」を徹底的にやり抜くことがカギとなる。

 これまで繰り返しいわれてきたが、日本はものづくりで発展してきた国である。この大不況に立ち向かうに当たっても、その強さを積極的に生かすべきであろう。ただし、これまでと同じことをやっていては不十分だ。難局を乗り切るには、よくいわれるが、イノベーションが欠かせない。

 弊社の歴史を振り返っても、イノベーションの重要性がよく分かる。弊社は1915(大正4)年7月、現在の北九州市で誕生した。当時花形産業であった炭鉱で使われるモーターの製造を手掛け、「モートルの安川」と呼ばれていた。その後、本社の隣にある官営八幡製鉄所(現・新日本製鐵)の仕事をすることで、数百台のモーターをシステムとして制御する技術を身に付けた。

コア技術の応用を視野に新しい技術戦略を策定

 戦後は工作機械などの産業用エレクトロニクス分野に乗り出し、イノベーションによる変革を成し遂げることで、「オートメーションの安川」となった。さらに、1970年代以降はメカトロニクスを提唱し「メカトロニクスの安川」に脱皮。現在では「ロボットの安川」として、ロボット、サーボモータ、インバータ、システムエンジニアリングを主に扱う。

 では、イノベーションによる新産業創造戦略に真剣に取り組む企業は、どのような成果を得られるのか。私は(1)世界レベルの競争に勝つことができる(2)社会の要請に応えることができる(3)地域経済が低迷から脱却できる――の3つを挙げたい。これらの成果を手にすることで現在の難局を乗り切り、明日の勝ち組となれると思う。

 ただし、これまで順調な経済発展の中で実行してきた技術革新とは一味も二味も違うものにチャレンジしなければならないだろう。開発する側が一方的に技術革新すればよいというのではなく、需要と好循環を生むようなものでなければならない。

 こうした考えに基づき、安川電機が今、力を注いでいるのは「ヒューマン&エコ メカトロニクスの創造」という新規の技術戦略だ。ターゲットとする事業領域はロボティクスヒューマンアシストと環境エネルギーの2つ、テーマの中心は「人に優しい次世代RT&MCシステム技術」「地球に優しい省エネ&パワー変換技術」「豊かな未来を育むファイン&ナノモーション」の3つである。ロボットやインバータといった弊社のコア技術を生かせるし、環境や福祉、高齢化といった社会の課題の解決にも役立つ。

 まず人に優しい次世代の技術として、弊社のコア技術でもあるロボットテクノロジー(RT)とモーションコントロール(MC)はファクトリーオートメーション(FA)以外の分野にも応用していく。今後の日本は高齢者が人口の大半を占めるようになるので、生活を支援するためにも労働力不足を補うためにもRTとMCが貢献できるからだ。

 例えば、施設や家庭で働くロボットには高い自律性が求められるし、アクチュエータには一段と超小形のものが必要になる。また、依然として残る人手プロセスをロボット化していくには、一層の多軸化・多腕化が不可欠だ。それによって、物流プロセスと組み立てプロセスのさらなる改善を成し遂げられるだろう。弊社はすでに7軸多関節ロボットや双腕ロボットを完成させているが、さらに進化させ、製造領域と非製造領域の両方に市場を広げていきたい。目標は「人の作業支援/人との共生」による付加価値創造型ロボット事業の創出だ。

「経営は人づくり」との強い思い、イノベーション実現にもつながる

 2つ目の地球に優しい次世代の技術として、自然エネルギーの有効利用、蓄電、省エネ、パワー変換などの技術をさらに深めていく。狙いは使用電力量増大とCO2排出量抑制の両立だ。

 このうち、省エネとパワー変換には、弊社の主力商品の1つであるインバータが役立つ。現状ではモーターの速度とトルクを変えるために使われているインバータは、他の制御装置と組み合わせることで省エネ機器ともなる。一例を挙げれば、六本木ヒルズ森タワーでは空調ファンの動作を弊社の高性能ベクトル制御インバータで制御することで、従来のダンパ制御方式に比べて小さな電力で同等の風量を得ることができた。風力発電システム、太陽電池、蓄電装置、独立型発電システムなどを効率よく系統電力につなぎ込むためにも、インバータによる連係は欠かせない。

 3つ目の豊かな未来を育むものとして、ファインテクノロジー(精密技術)とナノテクノロジー(NT)に着目したのは、統計が示すように製造工程を海外に移す企業の数は増えており、日本のものづくりが空洞化しつつあるためだ。その穴を埋めるには高付加価値製品を創出することが有効だと考えており、「ファイン&ナノモーション」をキーワードに具体化していく。高速ネットワークに対応した情報家電や次世代産業といわれるバイオなどがその代表的な分野だ。

 安川電機がこれら2つの事業領域と3つのテーマを追求していくには、人材の育成が重要なカギになる。2007年から社長方針にあえて人材育成を挙げたのもこのためだ。安川電機を愛し、安川電機を誇りに思う人々をつくり、社外に通用するたくましい人材を育て、安川電機を「ぜひ働いてみたいといわれる会社」にしたいというのが私のかねてからの思い。2008年度の「人づくり推進活動」の一環として、従業員と社長が直接に対話する集会「Yわい倶楽部」を毎月2回、3時間かけて行ったほか、「人づくり」伝承講座を開催し、現在も続けている。

 また、信頼感と一体感のある「職場の人づくり」を目指し、職場内教育(OJL)を以前よりも強化した。育てる側の管理者層には人づくりの意欲、その部下・後輩となる従業員には学ぶ意欲を向上させることができた。情報の発信にも努めており、社内に向けてはホームページや社内報、学校に対してはOBによる訪問とコミュニケーションの勧奨、社会に向けては工場見学会や講演会を積極的に実施している。

 やはり企業にとって最高の財産は人だ、と私は思う。イノベーションのためだけに育成するわけではないが、こうした人作りをたゆみなく続けていくことは大切な仕事だと考えている。