夏野 剛/慶應義塾大学 特別招聘教授

 日本人は,悲観論好きが多すぎる。この空気を変えたい。これが,「超ガラパゴス研究会」を始めることにした理由の一つだ。

 日本には「日本は駄目なんだよね」と,なぜかうれしそうに話す経営者が多い。その理由は以下の三つに集約できる。一つは,やらない言い訳を作りたい。自分自身の能力でなく,産業全体に問題があるとすり替えたいのだろう。

 二つめはビジョンが無いのを隠したい。自分にビジョンが無いことを正当化するには,今いる産業に将来がない,あるいは日本が悪い,だれかが悪いということにしたいのだ。

 最後が,自分としてはベストを尽くしているので,ほかの事業のポジションを下さいという甘えである。「この事業は駄目ですね」と言うことで,自分の立場が無くなるとは考えないのだろうか。米国企業なら,自身の事業を否定する経営者などあり得ない。

夏野 剛 氏
慶應義塾大学
特別招聘教授/
IT国際競争力研究会
(超ガラパゴス研究会)委員長
夏野 剛 氏

 真の経営者なら「5年後はこの産業を伸ばす」,「5年後にはこんな社会にする」というビジョンを示してほしい。これを言えないトップは,直ちに辞任すべきである。

 やり方が分からないのであれば,知っている人を雇えばいい。もちろん,それなりの予算を積む必要がある。その上でリスクをもって経営する。それができないなら,経営者として,あるいは会社として事業から退場したほうがいい。

 日本企業ではリスクを冒して新しいことに取り組んでも大して給料が変わらないので,突出したことをやるリーダーが生まれにくい。しかし,時には酔狂なリーダーが登場する。iモードの例で言えば,松永真理氏や私を呼び込んだ榎啓一氏が開発グループをけん引し,社内の誰からも止められなかった。しかし,iモードの成功は単なる偶然に終わってしまい,企業の継続的な競争力にはならなかった。

 そんな組織を変えるきっかけは,外圧である。入社以来同じ会社にいる人がほとんどという状況では,変化は生まれにくい。株主やメディアも,この不自然さを突いてほしい。旧態依然なさまをメディアが追求せず,むしろ日本悲観論に迎合する背景には,社会全体に「新しいことに挑まなくていい」という甘えがないだろうか。

まずは現状を正しく認識せよ

 国際力強化のための第一歩として,現状を冷静に分析することを提案する。携帯電話業界を例にとると,やみくもに海外動向に足並みをそろえようと主張する人がいるが,かえって国際競争力を削いでいることに気付いていない。

 経営者の中にも,携帯電話ビジネスをよく知らない人が多い。通信事業者なら固定通信事業の出身者,メーカーならほかの製品を見ていた人が急に携帯電話事業のトップに抜擢される。

 そうした人たちは,報道やアナリスト・レポートを通じて理解しようとする。私がNTTドコモに在籍していたときにも「新聞や雑誌にはこう書いてあった」,「アナリストはこう取り上げている」と言われたことが何度もある。社内の専門家の意見にも,もっと耳を傾けてほしい。

 次の一歩は,経営者と従業員の多様化を図ることだ。さらにブランディングを強化し,標準化に取り組み,標準化作業というゲームのルールを作る側に回ることを提案する。

 そして,やると判断したらとことんやる。やれないなら撤退。世界の携帯電話メーカーは,韓国のサムスン電子とLG電子以外はほとんど専業である。その韓国勢も分社化されており,専業に近い。彼らに伍していくには,退路を断ち,自ら意思決定する体制が無ければならない。

 メーカーと違って,通信事業者は基本的に国ごとの免許制なので国際化しにくい立場にある。通信事業者の国際化の手段は,ある国の事業免許を取るか,その国の通信事業者をマジョリティ買収するか,である。マイノリティ出資では,メリットや相乗効果は得られない。

 今の組織を多少変更し,たくさんの事業にそれぞれ小さな投資をしていずれも泣かず飛ばずというパターンは,日本企業の典型的な失敗パターンではないか。

クリエイティブな若者を生かせ

 日本企業に対して厳しいことを並べてみたが,明るい材料はある。例えば,私がプロジェクトマネージャー(PM)として協力している情報処理推進機構(IPA)の未踏IT人材発掘・育成事業に注目してほしい(表1)。応募者はよく考え,ものすごくクリエイティブなアイデアを創造している。皆,自分が正しいと信じること,自分自身のビジョンを明確に持っていて,それを実現したいというパワーを備えている。

表1●IPAの未踏IT人材発掘・育成事業の受賞テーマの例
2008年度上期の「未踏本体」部門の受賞者。ほかに「未踏ユース」部門がある。同事業は,2000年度から始まり,2008年度上期までに合計188人の「スーパークリエータ」を認定している。
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表1●IPAの未踏IT人材発掘・育成事業の受賞テーマの例<br>2008年度上期の「未踏本体」部門の受賞者。ほかに「未踏ユース」部門がある。同事業は,2000年度から始まり,2008年度上期までに合計188人の「スーパークリエータ」を認定している。

 会社そのものの存在が揺らいでいる今,若者は同じ会社にずっといようとは,みじんも思っていない。だから自己研鑽し,たくましく生きていこうとしている。日本は駄目だと嘆いているだけの中高年とは大違いだ。彼らの能力とやる気を生かす術を考えてほしい。

夏野 剛
慶應義塾大学 特別招聘教授/
IT国際競争力研究会(超ガラパゴス研究会)委員長