ユーザー企業の社内SE,ベンダーSEを問わず,ITエンジニアの中にはエンドユーザーに対するヒアリングに苦手意識を持っている人もいるだろう。いわゆる「システム屋」同士の会話は通じないし,いろいろと無理難題を言ってくるというネガティブなイメージを持っている場合もあるだろう。しかし,システムを実際に利用するのはエンドユーザーであり,この苦手意識を打破しなければ,良いシステムを作ることは難しい。

 また,エンドユーザーとの会話に特に苦手意識のないITエンジニアであっても,ただ漫然とエンドユーザーと話をするだけで要件をきちんと聞き出すことはできない。RFP作成に必要な業務要件を洗い出すには,準備とやり方を工夫してヒアリングを行う必要がある。

 ここでは,エンドユーザー・ヒアリングの方法のうち,インタビューのやり方について説明していく。

(1)事前準備
 インタビューを行う際に,事前に段取りを整えておくことは,インタビューの進行をスムーズにするだけでなく,対象となるエンドユーザーの心象を良くする効果もある。逆に言えば,事前準備が悪いとエンドユーザーの不興を買うことになりかねないので,注意したい。事前準備としては以下の4点が主なものである。

・人選
・通知
・手元資料
・聞き手の体制

[人選]
 誰にインタビューを行うかを決定することは非常に重要である。最も頻繁にシステムを利用しているエンドユーザー,その頻繁利用者の上司の管理職,現行システムに対して問題意識を持っている人が有力な候補者となる。また同じシステムであっても役職や部署が異なると主に利用する機能や利用頻度が大きく異なったり,システムに対する観点が違うことが多いので,ある程度広く対象者を選出すべきである。

[通知]
 インタビュー対象者に対して,インタビューの目的,所要時間,何か資料を持参してもらうのか手ぶらでよいのかなどの基本事項を適切に通知しなければならない。この通知の手際が悪いと,インタビューそのものに対して「面倒くさい」「聞き手の力量は大丈夫なのか」とネガティブな印象を持たれてしまう。最初の印象が悪いとインタビュー本番で苦労するので,つまらないことで失点しないようにしたい。目的を正確に伝えて相手に心の準備をしてもらうことには,特に留意したい。

[手元資料]
 インタビューを実施する前の段階で行ったドキュメント調査の資料を取り揃えておいた方がよいだろう。また,あらかじめ質問項目を書き出したインタビュー・シートを用意しておく。聞き手は絶対に手ぶらで行ってはならない。インタビューは相手次第で話の流れが変わるので,できる限り準備して対応できるようにすることを心掛けたい。

[聞き手の体制]
 聞き手はできるだけ1人ではなく2人1組で体制を組むようにしたい。メインの聞き手はメモは取らずに,質問や聞き取りに徹しよう。サブが議事録を取るようにする。サブは同時に,メインが聞き漏らしたことや質疑内容があいまいだと感じたことにフォローの質問をして補佐する。2人1組でやるもう一つの理由はインタビュー後に議事録を起こす時に,議事録作成者とは別の目でチェックが可能になり,解釈違いなどを防止することができることである。

 用意する備品としては,ホワイトボードとICレコーダーがあるとよい。特にホワイトボードは必須である。会話だけでは話の内容が正確に理解できないときも,絵を描くことで解決することが多い。ホワイトボードが用意できない場合は,白紙の紙を数枚持参して代用する。

(2)インタビューの進行
 インタビューで最初に重要なのはリラックスした環境を作ることだ。同じ社内でよく知っている人が相手であれば何の心配もいらないだろう。しかし,ある程度以上の規模の会社になると顔に見覚えがある程度で初めて話をする場合もあるだろう。筆者のようなコンサルタントの場合ほとんどが初対面であり,場数を踏んでいても最初の挨拶の時はやはり緊張するものだ。

 当然相手も緊張している。まずはこの緊張をほぐすのである。できればあいさつから雑談などして,なごむことができればそうしよう。しかし,営業ならともかくITエンジニアにはその手の雑談があまり得意でない人もいるだろう。そこでお薦めなのはインタビューの目的を改めて手短に説明し,事前に通知した通りであることを相手に伝えることだ。いきなり新しいことを突き付けられるのと,既に知っていることを確認するのでは緊張感はまったく違う。事前に通知することで心の準備をしてもらい,その準備通りで大丈夫ですよ,と伝えるのである。

 次に,初対面であれば「あなたはどのような仕事をされているのですか」と質問し,説明してもらう。自分の仕事内容であれば,誰でも説明できる。最初に自分がよく知っていることを話すことで,かなりリラックスした状態になる。さらに,いま説明してもらった仕事でどのようにシステムを利用しているかを話してもらう。この話を聞くときに,アクティブ・リスニングを行うとよい(図3)。

図3●最も基本的な二つのコミュニケーションテクニック
図3●最も基本的な二つのコミュニケーションテクニック

答えに詰まったら質問を切り替える

 ひと通り話を聞いた後に,インタビュー・シートに用意しておいた質問を行う。慣れないうちは用意した順番通りに質問をすることになるだろうが,もし余裕があれば先に説明してもらった仕事やシステム利用の会話内容に引っかけて「先ほどお話いただいた新規の車検顧客の件ですが…」と質問していくと,相手もより話しやすくなる。

 質問はオープンとクローズの質問を適宜使い分けるとよいが,相手のキャラクターにもよるのであまり強く意識する必要はない。基本はオープン質問でどんどんしゃべってもらうようにして,相手が答えに詰まったようであればそれは質問が難しいか抽象的過ぎるかなので,クローズな質問に切り替えて状況を立て直すようにする。

 インタビュー対象者の中には,口うるさいタイプの人もいるだろう。大声で断定的に否定的な事を言う人が多いので,できればこのタイプは遠慮したいと思うのは人情である。しかしインタビューでは勇気を出して口うるさい人にチャレンジすべきである。

 口うるさい人は聞き手が黙っていても,勝手にどんどんしゃべってくれるので,インタビュー対象としては実はありがたいことが多い。アクティブ・リスニングを行えば,さらにしゃべりは加速し,ほかの人が言いにくいことまでズバズバ話してくれ,隠れた問題の根本に触れることも多い。ただし,脱線し過ぎることもあるので,インタビュー・シートで聞くべき質問を忘れていないか適宜チェックすることを忘れないようにしたい。

 逆に,無口な人は厄介である。コミュニケーション・テクニックをいろいろと駆使しても,本音を引き出せるかどうか難しいことが多い。無口なタイプはインタビューよりも後述するブレーン・ストーミングの参加者として選定するほうがよいだろう。なお,先に挙げたオープン/クローズ質問の使い分けとアクティブ・リスニングは最も基本的かつ効果的なコミュニケーション・テクニックである。参考となるサイトや書籍も多いので,聞き手の役目を担う場合は勉強しておくとよいだろう。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長兼CEO,NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て,ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画,96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング,RFP作成支援などを手掛ける。著書に「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)。