8月30日の総選挙で、マスコミの報道どおりに民主党が大勝した。私は佐賀市の市長に立候補していた時は、民主党の推薦を受けて戦っていたので、民主党にも何人か親しくしている議員がいる。自民党の議員よりも民主党の議員の方が若く、インターネットを選挙に役立てている人も多い。

 しかし、今回の民主党のマニフェストには、国としてどのようなIT戦略を打ち出すかについては、民主党政策集インデックス2009の「情報通信」のところをみても、「産業振興」のところをみても、IT政策には具体的な言及はない。地域の情報格差是正についてコメントがある程度である。

民主党の公約には自治体のITシステムに影響する案が目白押し

 では、民主党が自治体のIT政策に影響を及ぼすプランがないかというと、全く逆で、自治体ITに大きな影響のある案が沢山ちりばめられている。これから、どのような具体案とスケジュールが打ちだされるかは、誰が新大臣になるかということと来年度の予算編成を見てみないとわからないが、民主党は、マニフェストに書いてあるものは4年のうちにやり遂げると言っているので、この数年の間に、自治体の仕事のやり方が大きく変わる政策が次々に打ち出されることになるだろう。

後期高齢者保険制度の廃止に伴うシステム改造

 すぐに行われると思われる政策は、自治体にとって仕事が増え、システムの改造が必要となるものが多い。まず、後期高齢者保険制度の廃止である。

 私が応援に行ったどの議員も、「後期高齢者保険制度は直ちに廃止する」と演説していた。来年度から廃止するかどうかは明らかではないが、この制度改正のお年寄りへの説明と、システム改造でまたお金が必要になる。

 これまでの厚生省の対応は、システム改造など自治体の準備期間をほとんど考慮しない一方的なものが多かった。このようなことのないように、事前に民主党の議員に市長会から働きかけておく必要があるだろう。

子供手当ての拡充

 民主党の目玉政策の一つが「子供手当ての拡充」である。年額31万2000円を中学校まで支給するとなっているので、これもシステムの改造が必要となる。しかも、「平成22年度から半額支給、23年度から全面実施」となっているので、これから準備が大変である。あと半年しかない。

 地方自治体を通じて交付するのかどうかはわからないが、金額と対象年齢を変えるだけのシステム改造で何百万円というお金を払うことになる自治体が相次ぐことにならないように、工夫を政府にお願いしたいものである。

 また、「生活保護の母子加算を復活  父子手当も創設」となっているので、この辺もシステムの改造が必要になる。

農家に対する「個別所得保障制度」

 農家に対する個別所得保障制度も、全く新しい制度であり、農業地域を抱える地方にとっては有り難い制度となるだろう。しかし、この実務を誰がやるのだろうか。都道府県だろうか、それとも農協組織だろうか。市町村だろうか。

 民主党は農協組織を快く思っていないので、地域の実情を一番よく知っている市町村が担当することになると、減反の事務以上に大変な仕事になるかもしれない。 実務を誰がどう行うかがまだあまり明確ではないが、「平成22年度中に制度設計 23年度から実施」となっているので、合理的な体制で実施できるように現場を知る市町村が大いに意見を言って行かなくてはならない。システムの導入が必要となることは論をまたない。

電子投票制度の導入

 このように市町村の仕事が増えるものばかりではない。うまく利用することによって、市町村の仕事が大幅に減る可能性のある政策がいくつもマニフェストに盛り込まれている。

 わかりやすいところでは、電子投票の導入である。マニフェストでは、「タッチパネルの電子投票機等を用いて投票する電子投票制度を、国政選挙にも導入することを目指します」と明記してあるので、これは4年のうちに必ず実行されるだろう。

 国政選挙だけでなく地方議員選挙にも電子投票の採用を義務付けるかどうかはわからないが、おそらく、政府から電子投票用の事務機器とソフトのセットが配布されることになると思うので、それを地方選挙には使わないということはないだろう。そうなると、開票事務はあっという間に終わってしまう。開票事務にかかる人件費なども削減され、とても良いことである。

社会保険番号と納税者番号の統一的導入

 最も効率化が図れる可能性があるのが、社会保険番号と納税者番号の統一的導入である。マニフェストでは、「所得の把握を確実に行うために、税と社会保障制度共通の番号制度を導入する。」となっている。自民党政権では、所得の正確な補足を嫌う自営業者の反対もあって納税者番号制度は採用されなかったが、勤労者を基盤としている民主党は、この制度の導入に抵抗はない。

 地方税と国税に共通の納税者番号を使えると、これまで、2月、3月の時期に、市役所職員が税務署に出向いて、確定申告の資料をコピーして、コピーを市役所に持って帰って同じデータを再度、コンピュータに入力するというような無駄な仕事はなくなるだろう。

 また、本当に必要な人に対してだけ福祉サービスを提供する観点からも、住民の所得と資産を正確に補足する必要があり、この制度は、うまく制度設計ができれば、自治体の様々な事務を大幅に効率化できる。

 すでに導入されている住民番号との関係は触れてはいないが、ぜひ、住民番号とも共通の番号を導入してもらうよう、地方自治体あげて陳情するべきだと思う。これまでは、住民番号は広範囲に利用できるものではなかったので、せっかく番号があっても、有効に使うことができず、この住民番号の制度は費用に見合うのか多くの自治体が疑問に思っていたところでもある。今の住民番号をそのまま使うのではなく、できれば自治体コードの後に原則として変更できない番号が割り振られた共通の番号を使ってもらいたい。

 欲を言えば、さらに一歩進んで、全住民に住基カードを強制的に発行し、保険証も免許証も兼ねる機能を持たせるところまでやると打ち出してもらいたいものである。そうなると、転出入の手続きも大幅に楽になる。転出届は廃止し、転入届だけですむようにすることも可能になる。自動交付機の導入を進め、窓口の職員を大幅に減らすことができる。

徴税事務を歳入庁に委託してはどうか

 また、マニフェストでは「社会保険庁は国税庁と統合して「歳入庁」とし、税と保険料を一体的に徴収する」となっている。このようなスタイルにしてある先進国もある。

 ここまで行くのなら、歳入庁に、地方税、国民健康保険料、学校給食費まで徴収してもらうよう自治体から事務委託できるような制度にしてもらったらどうだろうか。

 所得の補足をすることは所得税であっても地方税であっても同じであり、歳入庁の職員が戸別訪問した会社や家庭にすべてを払うだけのお金がない場合には、どの税目から充填していくかということさえ決めておけば、何の問題も無いことである。国税庁の職員数が増えるとは思うが、それ以上に自治体の業務の合理化が図れると思う。

 このように、政権が変わると、一つの自治体だけではできなかった効率化が可能になるような改革案が実行される。このようなときには、市長会や町村会の役割がとても大事である。民主党が地方自治体のIT政策が打ち出される前に、現場の実情に根ざした改革案をまとめて提出するべきである。この大きな変革のチャンスを大いに生かしてもらうことを期待している。

木下 敏之(きのした・としゆき)
木下敏之行政経営研究所代表・前佐賀市長
木下 敏之氏 1960年佐賀県佐賀市生まれ。東京大学法学部卒業後、農林水産省に入省。1999年3月、佐賀市長に39歳で初当選。2005年9月まで2期6年半市長を務め、市役所のIT化をはじめとする各種の行政改革を推し進めた。現在、様々な行革のノウハウを自治体に広げていくために、講演やコンサルティングなどの活動を幅広く行っている。東京財団の客員研究員も務める。
日本を二流IT国家にしないための十四ヵ条』(日経BP社)
なぜ、改革は必ず失敗するのか』(WAVE出版)。