試作・製造を前にNECが不参加を表明し、行く末が懸念されていた「次世代スーパーコンピュータ」の開発プロジェクトで、文部科学省はスカラー部とベクトル部からなる“双頭型”を断念した。スカラー型単独で続行することが決まった。10ペタFLOPS(毎秒1000兆回の浮動小数点演算)を目標に2012年に完成を目指す点は、06年に策定した当初の計画通りである。完成時期を優先した、無難なシステム構成といえる。

 文科省の発表資料を見ると、スーパーコンピュータの性能ランキング「TOP500」で「世界一を奪取する」という文言が消えている。日米の「国策スパコン開発競争」では、使い勝手などの実用面で世界トップクラスを目指すという現実的な解に舵を切り替えた、と見ても過ちとは言い切れないだろう。

 米国では今後、20ペタFLOPSのIBMスパコン「Sequoia」が、11年末に出荷される見通しだ。日本のスパコン開発が計画通りなら、完成前の11年11月のTOP500では米国製品が1位になることが決まる。

 日米のイタチごっこといえるスパコン開発競争から脱し、実用面に徹する日本の方針転換は、ある意味で非常に意義があると評価できる。米国のスパコン戦略は、ともかく国力を誇示するため、最高性能の製品を開発するということがベースにある。誤解を承知で書くなら、一般の研究者が使うことを、あまり気にかけていないようである。

 例えば、04年6月に地球シミュレータを抜いてトップに立ったIBMの「Blue Gene」は、31ビットPOWERPC604の組み込み型プロセッサを搭載し、70テラFLOPSをたたき出した。しかしFORTRANやC言語が使えず、ECC(エラーリカバリー機能)も備えていなかった。

 米ロスアラモス国立研究所が開発し、08年6月に世界一になった「Roadrunner」もECCがなく、FORTRANやC言語が使えない特殊コード使用のマシンである。研究者が一般的に要求する使い勝手や汎用性を追求した製品というより、力づくで作り上げたという感じをぬぐえない。日本の次世代スパコンはECCを備え、FORTRANやCといった標準言語が使える。稼働率やMTBF(平均故障間隔)を重視し、量産・普及を狙うためだ。

 だが、文科省の現状のプロジェクトにも疑問点がある。NECがプロジェクトから降りたにもかかわらず、開発費の削減を表明していないことだ。一部の新聞報道によると、同じ性能ながら開発予算はむしろ増える見込みだという。

 スカラーとベクトルからなる当初の「ハイブリッド型」のスパコン仕様は、スカラー部が10ペタFLOPS、ベクトル部は3ペタFLOPSとされていた。ベクトル部の開発を担当するはずだったNECは、両部結合装置や共有メモリー部も担当していた。当初のハード見積額765億円の配分は、このスパコンに詳しい関係者によるとスカラー部の富士通が約7割という。既に約100億円が設計に費やされたため、試作・製造に665億円とすると、3割の約200億円がNECへの配分になる計算だ。NECが降りたなら、200億円の減額になるのが当然ではないだろうか。

 ところが発表資料によると、ベクトル部の開発中止に伴い、ベクトル部向けのプログラム資産を変換するためのコストがかかるという。新規アプリケーションの開発にも、大金を投じる必要が出てきたというのである。

 もっと性能向上できるはずという意見も出ている。あるスパコン技術者は「グラフィックスチップでアクセラレータを付加すれば20ペタFLOPS以上は十分射程内」と指摘する。スパコン競争は“情報戦”である。そういう仕掛けが秘められているのかもしれない。

 NECが降板して以来、文科省の幹部は各所の説明会で、次世代スパコンの導入を強く働きかけている。NECは政府機関に20~30台のNEC製スパコンを既に販売しているので、将来は次世代スパコンにリプレースされるかもしれない。“途中下車”のリスクがどう出てくるか。