碓井委員長の方針によって、サービス・イノベーションにおける顧客接点とこれを支える構造的な仕組みの整備が重要であることについて、とっておきの事例を基に紹介していく。今回は私が担当した第2回のリレー連載でも紹介した加賀屋の事例を基に、サービス・イノベーションを支える仕組みについて述べる(詳しくは、内藤 耕編著『サービス工学入門』、東京大学出版会を参照)。

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 加賀屋は和倉温泉(石川県七尾市)にある。創業は1906年。年間宿泊客が20万人を超える歴史ある大規模な和風旅館だ。この加賀屋が提供するサービスはあまりにも有名で、これまでテレビや雑誌でも数多く紹介されただけでなく、「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」に長く総合1位を獲得し続けている。ちなみに、ここでいうプロとは全国の旅館業者である。サービス産業生産性協議会(http://www.service-js.jp/cms/index.php)の「ハイ・サービス日本300選」(http://www.service-js.jp/cms/page0600.php)も受賞している。

 サービス・イノベーションを議論する時のケースにもしばしば登場するが、その接客やもてなし、場合によっては食事を部屋まで届ける「自動搬送システム」や企業内保育園「カンガルーハウス」ばかりが前面に出てくる。加賀屋が提供する高品質なサービスを大規模に提供し続けられる仕組みの全体像を紹介したものは少ない。

加賀屋のサービスを、接客、バックヤード、情報共有の3つに因数分解

 今回の連載では、この加賀屋が接客現場起点に作り上げたサービスの仕組みを、(1)接客、(2)バックヤード、(3)情報共有ととともに、それらが全体の仕組みの中でどのような関係にあるのかという視点からまとめていきたい。

(1) 接客
 加賀屋では、約180人の客室係りが宿泊客に品質の高い「おもてなし」のサービスを提供している。加賀屋にとっての「おもてなし」とは、宿泊客が求めていることを、求められる前に提供することだ。そのためには、目の前にいる一人ひとりの宿泊客が何を求めているのかを知る必要がある。予約時に宿泊の目的を知ることも可能であるし、過去の宿泊記録からそれを推定することも可能だ。

 しかし、旅館の宿泊者名簿は予約者で作られ、宿泊者全員を細かく把握することは現実的に困難だ。さらに、同じ人でも、宿泊の目的が異なる場合もあれば、同伴者がいつも同じということでもない。つまり、宿泊客が何を求めているかを事前に知り、それに向けた準備を計画的に行うことは実質的に不可能だ。

 そこで重要な役割を果たすのが客室係りだ。宿泊客が到着してから、客室係りの接客が始まる。部屋まで案内する過程で身長を見定め、的確なサイズの浴衣を準備する。さらに、会話を通じて宿泊の目的、館内での予定、食事の嗜好(しこう)などの情報を収集し、最終的に宿泊者一人ひとりに的確に接客できるようにしている。つまり、加賀屋の客室係りには、宿泊客を接客するだけでなく、それを通じて宿泊客の要望を理解するセンサーの役割も持つ。