サービス・イノベーションに関するリレー連載に参加するに当たり、討議の立ち位置をまず明確にしておきたい。サービス・イノベーションの議論は2つに大別できる。1つは、サービス産業としての第3次産業の生産性向上を中心に、第1次、第2次産業内のサービス化・ソリューション化も含めたイノベーションの創出方策に関する議論。もう1つは、サービス的なプロセスに着目した効率化や価値創出のメカニズムについての議論だ。

 前者は、市場セグメントごとのサービス財にまず着目し、サービスの特性を考慮したイノベーション施策や、リーン生産方式など製造業におけるイノベーション成功事例の転用を進めるものだ。多くのサービス工学的活動は、こちらの範疇(はんちゅう)に位置づけられる。

 一方、後者では、脱工業化社会としてのサービス化・高度情報化社会における価値創出のプロセスをとらえ直し、新しい見方で産業全体の再定義を試みる。例えば、サービス・ドミナント・ロジックに代表されるアプローチだ。

 従来の議論の中には、両者が混在されたまま、サービス特性や適用するイノベーション施策について議論がなされてきた。その結果、結論や示唆が、個別的、あるいは、出来高払い的な印象を与えてしまっているケースが多いのではないか。

課題の提起

 直近の本コラム(リレー連載)からサービス・イノベーションに関する特色をピックアップし、課題提起を行ってみよう。

 前々回の大澤幸生委員(http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090723/334134/)や、前回の矢田勝俊委員(http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090729/334729/)は、データマイニングのビジネス応用についても、多方面にわたり、先導的な活動をなされている。矢田委員は、「ユビキタス環境が急速に普及し、ウェブログ、センサーデータ、トランザクションデータなど、プロセスに関する詳細かつ膨大なデータが蓄積されている。これらを活用し、複雑なプロセスに科学的なメスを入れ、価値創造のダイナミックスを理解することがサービス・サイエンスに求められている」と指摘している。このようなサービス・イノベーションによって、従来の「勘と経験」だけに頼らず、関連するデータや情報を最大限に利用し、科学的にアプローチすることによって、サービスの有効性や効率を向上させることができるようになってきている。

 しかし一方で、IT(情報技術)活用・デジタル化の進展によるサービス・イノベーションを切り出してみると、はたして人間社会にとって望ましい方向に適用されているのであろうか。筆者が、以前耳にしたサービス効率化の事例として、次のようなものがあった。

 ある対人サービス企業において、IT活用やビジネスプロセスの改善を行ったところ、サービスに従事する人々の作業効率が改善した。しかし、その余った時間までをどのように活用すればよいかまでは考慮されておらず、結果としてサービス品質の向上や顧客満足度(CS)の向上までにはつながらなかった。

 IT化という手段が目的となってしまい、全体ビジネスとしての仕事の流れが考慮されなかった。このような事例は直接的過ぎるとしても、一般に部分的な最適化は、必ずしも望ましい効果ばかりをもたらすわけではない。場合によっては、副作用をも引き起こす。例えば、サービスのコモディティー化による価格競争の激化、サービス産業における失業率の悪化、働き過ぎによる品質の低下などだ。サービス・イノベーションとしての本質的な課題の解決のためには、関連する人々もシステムに含み、有限の資源を考慮した全体最適化という考え方を取り入れることが肝要である。