iPhoneは,ゲームやジョークアプリなどコンシューマ向け端末としてスポットライトが当たることが多い。しかし,法人向けのスマートフォン端末としても秀でた特徴を持っている(写真1)。例えば,高速な通信機能と米アップルが米シスコシステムズと組んで開発したイントラネット接続技術を搭載している。ユーザーがこうした高度な技術を難しく感じずに使えるのも特徴だ。iPhoneを採用した企業の社員からは,モチベーションが高まったという声や,ワークライフバランスが向上したという感想が出始めている。

写真1●iPhoneの企業向け情報をまとめたアップルの公式ページ
写真1●iPhoneの企業向け情報をまとめたアップルの公式ページ
米国サイトには最新の導入事例が多数紹介されている。
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米国では中小企業の1割がiPhoneを採用!?

 米国のリサーチ会社であるフォレスターリサーチ社のベンジャミン・グレイ氏は2007年末に「iPhoneは企業向けの携帯端末ではない」という調査報告を書き,10の理由を挙げた。ところが約1年後に,同じフォレスターリサーチ社のマイケル・ペリーノ氏が,2009年中には米国の中小企業の約10%がiPhoneを採用し,その後も2012年まで年率46%程度のペースで利用が拡大するだろうと語った。

 同じリサーチ会社から180度異なる調査報告が出たのには訳がある。2008年半ばに,アップルはiPhone OS最初のメジャーアップデートとなるiPhone OS 2.0を発表した。この新OSの最大の特徴が,企業向け機能のサポートだったのである。

 アップルはまず,多くの企業が採用する米マイクロソフトのMicrosoft Exchangeとの連携機能であるActiveSyncをiPhoneに標準で組み込んだ。この機能は多くの企業ユーザーから,「マイクロソフト製スマートフォンOSのWindows Mobileよりも素晴らしい使い勝手だ」と高く評価されている。

写真2●iPhoneはL2TP,PPTP,IPsecなどVPN技術に対応している
写真2●iPhoneはL2TP,PPTP,IPsecなどVPN技術に対応している
WPA2 Enterpriseなど企業向けのセキュアな無線LAN技術にも対応している。アップルはシスコシステムズと組んでこうした技術を開発している。
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 さらにアップルは,外出先からiPhoneで安全にイントラネットに接続できるように,世界トップクラスのルーターメーカーであるシスコシステムズと協力して,VPN(仮想閉域網)技術の開発に力を入れた(写真2)。加えて,仕事用の電子メールアドレスに送られてきたメールをiPhoneが自動的に受信して受信音で知らせてくれるプッシュメール機能,新たに登録した取引先などの住所,連絡先情報や予定を自動的にパソコン側と同期させるプッシュ・コンタクト機能/プッシュ・カレンダ機能を搭載した。会社の住所録サーバーに自動接続して情報を引き出せる機能のほか,本体を紛失しても遠隔操作で端末内の情報を削除して個人情報の流出を防ぐremote wipe機能なども搭載した。

 また,iPhoneには構成プロファイルという機能もある。これはパソコン用ファイルを使ってiPhoneの無線LAN設定,サーバー設定,パスワードポリシーや認証などの設定を一括で設定できる機能だ。必要であれば内蔵のカメラを無効化したり,Webアクセスを一部制限したりする設定もある。ちなみにパスワードポリシーとは,パスワードを何文字以上にするなどの取り決めで,社員が安易に自分の誕生日の日付などをパスワードにしないようにするための機能だ。パスワード入力を何度か続けて間違うと,自動的に端末内の全情報を削除する,といった機能もある。

 アップルは,一度やるといったことは徹底的にやる企業だ。同社はこのiPhone OS 2.0の開発にあたり,開発途上版をFORTUNE 500と呼ばれる米国トップ500企業の35%に配ってテストした。これらの企業での評価を基に製品化している。

 またiPhone OS 2.0からは,アップル以外の企業がiPhone用アプリケーションを開発・提供できるようになったこともビジネス用途には追い風になった。米オラクル,米セールスフォース,米ロータスといった大手IT企業が,iPhone用のビジネスアプリケーションを提供し始めたからだ。

 こうしたことが功を奏し,iPhoneは北米最大の食品会社であるKraft Foods社や米国最大の新聞会社であるGannett社など多くの一流企業に採用された。調査会社の米J.D. Power and Associates社からは,2008年度の企業向け携帯電話機として顧客満足度1位を受賞している(コンシューマ向け携帯端末としての顧客満足度1位も同時受賞している)。

 iPhoneの企業対応は今も続いている。先鋭企業からは,端末のメモリー上の情報も暗号化するハードウエアレベルでの暗号化の要望があった。そこでアップルは,2009年6月発表の新機種iPhone 3GSで,このハードウエアレベルでの暗号化を実現した。その副産物として,remote wipeの高速化やバックアップデータの暗号化などもできるようになった。