調査会社のIDC Japanによると、2008年に国内で出荷されたx86サーバーの12%が仮想化ソフトで管理されている。サーバーの仮想化は大きな流れだが、実態はまだ始まったばかりである。

 「それなら仮想化の普及を待つのではなく、一足飛びにクラウドコンピューティングに挑戦したほうがいい」と話すのは、日本IBMの“ミスタークラウド”こと岩野和生執行役員だ。同氏は新技術で企業顧客のビジネスイノベーションを支援する未来価値創造事業の担当である。

 「中国やインドでは、携帯電話が爆発的に増えている。今さらケーブルを敷くより早いし安い。同様なことは、仮想化とクラウドでも言えるのではないか」(岩野執行役員)というわけだ。

 岩野執行役員の“クラウドの勧め”はある面で理にかなっているかもしれない。

 クラウドは仮想化技術と、業務ソフトの下位層であるハードやネットワーク、OS、ミドルウエアを含めたITインフラ基盤を、標準化・自動化している。ITインフラ基盤を意識しない業務ソフトの開発が、クラウドを使えば一挙に実現する。

 これまで企業内のほとんどの業務システムは、それぞれが異なるITインフラ基盤上に個別最適で業務ソフトを作り込んできた。業務ソフトとITインフラ基盤が一体となり、まるで「サイロ」のように林立しているといえる。

 しかも処理ピークに合わせてシステム設計してあるから、IT資源の無駄が生じやすい。x86サーバーの稼働率は、年間で10%以下という報告もあるほどだ。

 仮想化技術は乱立するサイロを集約し、仮想サイロ間でのIT資源の融通を可能にする仕掛けといえる。しかし、資源活用で効果的とはいえ、物理サーバー上で仮想サイロが林立する状況は変わらない。

 ユーザー企業が仮想化によるサーバー統合を一歩進めて企業内クラウドへの移行を望むのなら、ITインフラ基盤を標準化し、この基盤上で業務ソフトを開発し直す必要がある。企業内クラウドはそうしたITインフラ基盤を統合・集約したものだ。

 だが、ITインフラ基盤を標準化し、業務ソフトを一挙に再構築するには時間と労力を伴う。そこで日本IBMは現実に即した企業内クラウドを提案した。

 同社が7月14日に発表した企業向けの新クラウド戦略は、「個別業務にクラウドを結び付ける」という考え方がベース。つまり「業務別クラウド」を林立させていくアプローチだ。各業務クラウドは、IBMの手で仮想化・標準化・自動化されているから、クラウドの集約・統合は容易だ。業種別クラウドのピースを集めていけば、最後に全体を覆う企業内クラウドというジグソーパズルが完成する。

 業務別クラウドを導入するための製品が「CloudBurst」で、必要なITインフラ基盤を構成・調整した状態で販売する。CloudBurstは「PaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)が入った箱」だ。企業顧客は、クラウドそのものに懐疑的だから、パイロット的に業務別クラウドを利用してもらい、効果を体験したうえで徐々に範囲を拡大するという作戦である。

 日本IBMが公開したロードマップによれば、まずIT部門の資源の30%以上を消費している業務ソフトの「開発・テスト」向けのクラウドを出荷する。データの安全性や信頼性を考慮すれば、開発・テスト業務はクラウド体験におあつらえ向きだ。

 そのほかにも今年から来年にかけ、情報解析、コラボレーション、デスクトップ&情報デバイス、インフラ基盤(CPU&ストレージ)、ビジネスサービスといった6分野に向けた業務クラウドがリリースされる予定である。

 その先はどうなるか。IBMがHaaS(ハードウエア・アズ・ア・サービス)を大企業の顧客内に構築し、従量制課金でサービスすることも可能。それがIBMの巨大HaaSクラウドセンターでの共同利用の道を開く。筆者の深読み過ぎかもしれないが、IBMの計画は遠大だが周到でもある。