世界の携帯電話事業者のうち,先進市場における大手事業者の多くは3.9世代(3.9G)の移動通信方式としてLTE(long term evolution)の採用を明らかにしている。そのうち,NTTドコモを含めた先行組は2010年からLTEを導入する計画だ。だが,はたしてLTEの提供エリア展開はスムーズに進むのだろうか。

(日経コミュニケーション編集部)

岸田 重行/情報通信総合研究所 主任研究員

 米ベライゾン・ワイヤレス,独T-モバイル,伊テレコム・イタリアは,2010年にLTEを導入するプランを表明している。日本でも,NTTドコモがLTEのサービスを2010年に開始する予定だ。スペインのテレフォニカ,英ボーダフォンなども3.9GとしてLTE導入を計画中。また米AT&TはHSPA+を2009年に,LTEを2011年に導入するとしている。仏オレンジ(フランス・テレコム)や日本のソフトバンクモバイル,イー・モバイルも同様に,先にHSPA+を導入したうえでLTEに移行する計画という。

3年後にはトラフィックが5倍にも

 このようにして各国の移動通信事業者がLTEへの対応を表明する背景には,データ・トラフィックの急増がある。

 例えば北欧を中心に固定通信と移動体通信を手がけるテリアソネラは,2008年5月に開催された第3回「LTE World Summit」で,データ通信定額プランを導入した2007年6月からトラフィックが急増したと発表した。このトラフィックの急増が,LTE採用の最大の理由だとしている。

 一方,英国の3(スリー)は,2008年11月のLTE World Summit第4回大会で,データ定額プランの導入などによりモバイル・データ・トラフィックが前年比で50倍に跳ね上がったことを明かした。さらに2009年2月に開催された「Mobile World Congress 2009」での講演では,2012年中には2009年1月時点の5倍程度にまでトラフィックが成長するとの見通しを示している(写真1)。

写真1●英3によるトラフィック成長見込み<br>2009年2月にスペインのバルセロナで開催された「Mobile World Congress 2009」での講演の様子。
写真1●英3によるトラフィック成長見込み
2009年2月にスペインのバルセロナで開催された「Mobile World Congress 2009」での講演の様子。
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 このように,通信事業者のトラフィック対策が急務となっている現状から見ると,世界の先行グループのLTE導入時期は足並みがそろうと思われる。しかしその後の展開については,実は情報がほとんど公開されていない。唯一,ベライゾン・ワイヤレスがMobile World Congress 2009で「2015年にLTEで全米をカバーする」と発表した程度で,他の通信事業者の具体的な展開プランに関する情報は見当たらない。

エリア拡大にはHSPA+という見方も

 通信事業者にとっては,現在利用中の周波数帯域で,(1)HSPA+を経由してLTEを導入,(2)HSPA+を経由しないでLTEを導入──の二つの選択肢がある。HSPA+はW-CDMAの改良技術であるため,既存設備からの移行が比較的容易とされる。一方,LTEの導入はHSPA+導入に比べて新規に設備構築する要素が多い。

 LTEのエリア展開に影響を与える要因としては,一つには各国での周波数割り当て動向がある。北欧だけでなく,他国でもモバイル・ブロードバンド市場の成長を見越して新たな周波数帯域を移動通信用に割り当てる動きが見られる。700M~900MHz帯,2.5G~2.7GHz帯,3.4G~3.6GHz帯などがその候補だ。新たに付与される周波数帯域では,既存設備からの移行プロセスを考える必要が少ないため,ほぼ問題なくLTEを選択できるだろう。

 とはいえ,その周波数帯域が「ほかの国と共通か」という点は重要である。NTTドコモは,2008年11月に実施された総務省のヒアリングの場で,3.9G向けの周波数割り当てに関して,1.5GHz帯はITU(国際電気通信連合)のIMTプランバンドではないことから,1.5GHz帯へのLTE導入では,装置開発や端末調達に時間がかかる可能性があるとした(NTTドコモは既存の2GHz帯からLTEを導入し,1.5GHz帯では2012年度第3四半期にサービスを開始する予定)。新規に周波数が割り当てられたとしても,それが「世界共通」でなければ,LTEの展開がなかなか進まないことも予想される。

 HSPA+の導入度合いも,LTEのエリア展開を大きく左右するだろう。LTEとHSPA+を使い分けるスタンスを採ることも可能だからである。

 前述のようにHSPA+の導入を先行させるAT&Tは,2008年10月開催の会議「LTE USA」の中で,幅広い地域を高いコスト効率でカバーできる点をHSPA+の利点として挙げたと報じられている。一方,LTEの利点は周波数利用効率の高さという。この考え方は,同社が周波数のひっ迫対策にLTEを,エリア拡大にHSPA+を適用するスタンスにあることをにおわせる。LTEの早期エリア拡大は望めない恐れがある。