新たな動きとして見えてきた“呼び水型”の動画配信ビジネスは,通信事業者,特に携帯電話事業者が提供しやすい立場にいる。既に数千万の顧客を抱えているため,多彩な分野の企業がコンテンツ提供者として乗ってきやすいベースがあるからだ。さらに携帯電話事業者は課金プラットフォームを握っている。多彩な収益化の手段を提供できる点も強みだ。

 利用者のすきま時間を狙えるモバイル・アクセス手段,利用者の潜在需要を掘り起こせるライフログも手中に収めるため,従来のテレビ型モデルの動画配信サービスとは異なる特徴も出しやすい(図1)。

図1●通信事業者の強みを生かす
図1●通信事業者の強みを生かす
携帯電話事業者は,顧客基盤,課金プラットフォーム,モバイル,ライフログのいずれも手中に収める。これらを活かすことで,呼び水型モデルを優位に進められる。

 例えばソフトバンクモバイルが開始した選べるかんたん動画は,個人にひも付いたモバイルならではの工夫を施している。野球の12球団それぞれ別々のダイジェスト動画を用意した。「好みの球団はそれぞれの人で異なるが,テレビでは人気の巨人戦の結果だけを長く放映し,その他の球団は15秒程度でしか放映しない。携帯電話を使えば,それぞれ好みの球団をじっくり見たいという利用者のニーズに応えられる」(蓮実一隆マーケティング統括マーケティング本部副本部長)。

 モバイルの特徴を活かし,ユーザーの利用を促進する仕組みも取り入れた。例えば,BeeTVはiチャネル,選べるかんたん動画はメールというプッシュ配信手段で新着コンテンツをユーザーに知らせている。これらをトリガーとして,ユーザーを呼び込める。

 このように通信事業者ならではの強みを生かせば,ネット系プレーヤが進めてきた無料動画配信モデル(広告モデル)や固定系プレーヤが進めてきたテレビ受像機向けの視聴料課金モデルとも異なる,新たな市場を切り開く可能性がある(図2)。

図2●モバイル向けの視聴料課金市場は,通信事業者ならではの強みを生かせる分野<br>ネット系プレーヤが進めてきた無料動画配信モデルや固定系プレーヤが進めてきたテレビ受像機向けの視聴料課金モデルとも異なる,新たな市場を切り開ける可能性がある。
図2●モバイル向けの視聴料課金市場は,通信事業者ならではの強みを生かせる分野
ネット系プレーヤが進めてきた無料動画配信モデルや固定系プレーヤが進めてきたテレビ受像機向けの視聴料課金モデルとも異なる,新たな市場を切り開ける可能性がある。
[画像のクリックで拡大表示]

収益分配モデルで事業リスクを下げる

 呼び水型への転換を図る動きがある一方で,これまでのテレビ型動画配信で大きなハードルとされていた課題も,徐々に解決のメドが立ち始めている。

 その一つがコンテンツの調達コストである。動画コンテンツの権利者側がネットに対して前向きな姿勢を示し始め,通信事業者が採算をとりやすくなっている。

 これまでは,人気のあるテレビ番組をネットに流そうとしても,放送とは別の権利処理が必要で,それをクリアしたとしても高額の2次使用料が求められた。その一方でYouTubeなど動画共有サイトにはユーザーの投稿によって著作権を無視したテレビ番組が並ぶ。多くのユーザーがそちらへ流れ,誰ももうからないという悪循環に陥っていた。

 BeeTVは,このハードルを取り払った。放映された番組の2次利用ではなく,携帯電話向けにオリジナル・コンテンツを用意した点。さらには,「Good Share」と呼ぶレベニュー・シェア(収益配分)モデルで収益に応じて採算を取りやすい仕組みを取り入れ,事業リスクを最小限に抑えている。具体的には,ユーザーから得る月額315円の会費から通信事業者の手数料(12%)を差し引いた売り上げの合計額の11%を分配原資とし,視聴占有率に応じて出演者やスタッフに分配する形を取っている。

方向は見えたが手探り状態

 もっとも携帯電話事業者を中心とした動画配信の第2フェーズの取り組みは始まったばかり。新生GyaOも,具体的な取り組みはこれからだ。このため各社は,ユーザーにいかに訴求するかで手探りを続けている。そこには事業者間の戦略の違いも見える。

 例えばNTTドコモとソフトバンクモバイルが,携帯電話向けの動画配信に力を入れる一方で,KDDIは少し異なるスタンスを見せる。

 KDDIは2008年10月から固定と携帯の両方で映像サービスを楽しめる「au BOX」を提供。さらに2009年の夏モデルでは,ハイビジョンムービー対応端末を用意するなど,ユーザーが動画に親しむ環境の提案に力を入れている。まずはユーザーの利用シーンを掘り起こす狙いだ。実は,2003年からダウンロード型の動画配信サービス「EZチャンネル」を提供してきたKDDIには,「動画が本当にユーザーに響くのか疑念がある」(高橋本部長)。「EZチャンネルは思ったよりもユーザーに響いておらず,ユーザー調査でもサービス差別化の要因になっていない」(同)。そこで別の訴求策をひねり出したわけだ。

 このような事業者の考えの違いからは,動画配信市場はまだ立ち上がり段階にあることがうかがえる。慶應義塾大学大学院の中村伊知哉教授は,「過去の例を見ても,新たなメディアが確立するまでに3年~5年ほどの時間がかかっている。そもそも動画配信はまだ過渡期の段階だ。販促費を取り込むのも一つの形だが,ほかにもまだ新しいビジネスモデルは残っているのではないか」という見方を示す。

 確かに加入数が伸び悩んでいたテレビ向けの有料課金サービスも,ここに来て着実な前進を見せ始めている。家電メーカー連合のアクトビラは2009年5月に100万接続を達成。NTTグループのひかりTVも,2009年度末に110万契約見込みで黒字化が射程圏内に入ってきた。

 テレビ,パソコン,携帯電話という動画の配信先の違いで市場のセグメントは分かれ,それぞれ別の時間軸で,動画配信サービスが発展していくとも考えられる。