「ソフト会社の技術力を評価するには、株式での債券格付けのような仕組みが必要である。NPO(特定非営利活動方針)による第三者の評価機関を設置すべきではないか」と提案するのは、慶應義塾大学経済学部の田中辰雄准教授である。

 株式のように“格付け”で技術力を外部から公平に判断してもらえば、ソフト会社はスキルに見合った対価をユーザー企業に要求できるようになる。ソフト産業が今後も成長するには、思い切った方策が必要だというわけだ。

 こう考えたきっかけは、「日本企業がパッケージソフトをどのように利用しているか」を自ら調査した結果、「手組みのプログラミング開発のほうが、パッケージソフトよりユーザー企業に役立つ」という実感をつかんだからだ。ユーザー企業にとって、優れた技術力を持つソフト会社ほど、重要な存在になっていることが分かった。

 独立行政法人 経済産業研究所のファカルティフェローとしての立場で田中准教授が実施したのは、日本の有力な約5000社のユーザー企業へのアンケートである。約1000社から回答を得た。

 このアンケートから、パッケージソフトの導入費用は手組みのプログラミング開発より安いものの、運用・保守のコストまで含めると両者の差はそれほどないことが判明した。社員数が1万人以上の大企業になると、パッケージソフトのほうが高いという結果も出た。

 理由の一つは、アドオン開発である。パッケージソフトを使っても、「ここを変えて欲しい」「こんな機能が欲しい」とアドオン開発が増えれば、価格が安いというメリットが薄れてしまう。

 バージョンアップの頻度も問題だ。パッケージソフトは約5年で更新されてしまう。導入時は安価でも、バージョンアップを重ねるごとに、ユーザー企業の負担が増える。]

 「パッケージソフトを活用する企業と、手組みのプログラミング開発を推進する企業は、どんな違いがあるのか」も調べた。例えば、CIO(最高情報責任者)がいるのか、IT化はCIOがトップダウンで決めているのか、社員のITリテラシーはどうなのか、といったことを聞いた。すると、手組みのプログラミング開発を推進する企業は、ITリテラシーが低いが業務に独自性があり、情報システムが競争力の源泉になっていることが分かった。

 パッケージソフトと手組みのプログラミング開発による情報システムでは、どちらが業務の生産性の向上に貢献しているかについても調査した。結果は、手組みのプログラミング開発による情報システムのほうが優位だったという。

 「パッケージソフトより手組みのプログラミング開発が、ユーザー企業に多くのメリットをもたらす。プログラミング技術者は、仕事に報いるだけに報酬を得るべきだ」と田中准教授は指摘する。

 ソフト開発は技術者のスキルに依存するはずなのに、現実には人月単価でソフトの価値が判断される場合がほとんどである。

 「技術力ではなく、プレゼンテーションがうまく価格が安いソフト会社をユーザー企業は選択しがちだ。システムを発注するときに、ソフト会社の技術力などの情報を知らないだろうし、プロダクトを評価する仕組みも持っていない。ユーザー企業には判断材料がないので、知名度などで選択してしまうのだろう」(田中准教授)。

 この状況を打破するために、田中准教授は格付け機関の設置を思い立った。ソフト会社は人月単価ではなく、自社の技術力に応じた対価を格付けに従って要求できるようになる。

 ユーザー企業に役立つようにソフト技術者がいくら頑張っても、報酬が追いつかないようではソフト産業は「夢のない産業」などと言われてしまいかねない。格付け機関の設置は一つのアイデアに過ぎないかもしれないが、ソフト産業の将来のためには、新しい方法が求められるのではないか。