ユニキャストやマルチキャストを使った動画配信に比べて,配信効率の点で優れているのが,大ゾーン,大出力型の放送インフラを使う方法だ。通信用とは別のインフラが必要になるためコスト負担は増えるものの,1000万規模のユーザーに,同時に安定して大容量コンテンツを届けられるようになる。現行のワンセグの発展型である。

 放送用電波については,総務省は地上アナログ放送の跡地の一部を,携帯端末向けのマルチメディア放送に活用することを決めた(表1)。2010年春の参入事業者決定,2012年7月以降のサービス開始に向けて既に議論を進めている。

表1●地方向けと全国向けの枠を用意した携帯端末向けマルチメディア放送
全国向け放送に参入を希望するのは,NTTドコモとKDDIとソフトバンクの携帯電話事業者各社だ。
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表1●地方向けと全国向けの枠を用意した携帯端末向けマルチメディア放送<br>全国向け放送に参入を希望するのは,NTTドコモとKDDIとソフトバンクの携帯電話事業者各社だ。

 VHF帯ローバンド(90M~108MHz)の18MHz幅を,「地方ブロック向けデジタルラジオ放送」と都市部で最大半径10kmの範囲の地域を放送対象とする「デジタル新型コミュニティ放送」に,VHF帯のハイバンド(207.5M~222MHz)の14.5MHz幅を「全国向けマルチメディア放送」に活用する計画だ。

携帯端末向け放送に携帯各社が食指

 全国向けマルチメディア放送は,携帯各社を中心とした企画会社が参入の意向を示している。NTTドコモを中心としたマルチメディア放送と,ソフトバンクモバイルを中心としたモバイルメディア企画が,現行のワンセグを高機能化したISDB-Tmm方式での事業化を検討。KDDIとクアルコムジャパンを中心としたメディアフロージャパン企画は,米国でサービスを開始しているMediaFLO方式での事業化を目指している。

 全国向けマルチメディア放送サービスの内容は,ワンセグよりも高画質なリアルタイムのストリーミング放送や5.1chサラウンド放送,IPパケットを使った映画や音楽,ニュース,電子書籍といったコンテンツのダウンロード放送,メタデータを使ったビデオ・オンデマンドなど,「モバイルサーバー型放送サービス」への期待も大きい。

写真1●NTTドコモが2004年に公開したコンセプト端末「OnQ」
写真1●NTTドコモが2004年に公開したコンセプト端末「OnQ」
放送波経由で端末にコンテンツが蓄積され,字幕情報を基に見たいシーンだけを見られるサービスをイメージしていた。同社はコンセプトは古くなっていないとし,携帯端末向けマルチメディア放送のサービスに生かしていきたいという。

 NTTドコモを中心とした企画会社であるマルチメディア放送の石川昌行社長は,マルチメディア放送で狙うのは,「ユーザーの好みに沿った動画や書籍などのコンテンツが端末に自動的に蓄積され,好きなときにコンテンツを楽しめる」と語る。NTTドコモは2004年に放送波の活用を想定したコンセプト端末「OnQ」を公開したが(写真1),石川社長はその時のアイデアをマルチメディア放送に生かせると話す。OnQは,放送波経由で端末にコンテンツが蓄積され,字幕情報を基に見たいシーンだけを見られるサービスをイメージしていた。

 もっともマルチメディア放送を実現するには,放送用インフラや端末の準備など,膨大な先行投資が必要になる。基地局設備は3Gに比べて10分の1以下の600~3000局程度で全国カバーはできるものの,初期投資がのしかかることに変わりはない。現在は免許申請に向け,各陣営がビジネススキームを詰めているところだ。