経営者にとって、情報システムは頭痛の種になりがちだ。業務に必須だが投資に見合った効果が出るとは限らない。ほかの設備投資に比べて専門的で難解でもある。

 野村総合研究所で約20年間勤務した後に、人材派遣大手スタッフサービスのCIO(最高情報責任者)を務め急成長を支えた著者が、ベンダーとユーザー両方の視点から、“システム屋”の思考回路と、上手な付き合い方を説く。

 前回(「1人月150万円」が「年収1800万円」ではない理由)では、情報システム構築の請負契約について、システム会社の取り分が大きく、技術者の取り分が売値の半分以下にとどまっている構図を説明しました。さらに、人数と期間の積(人月)で売値が決まる問題点に触れて、大きな違いがあるはずの「情報システム構築サービス」と「引越しサービス」で同じ売価決定方式が採用されていることに対する疑問を提示しました。

 結論から言えば、情報システム構築サービスは人月単価を積算した売価より、もっと安くできるはずなのです。

 この理由を2つのポイントから述べたいと思います。第1の理由は、経済学の「規模の経済性」を追求しようとしていないことです。

ソフトウエアは複製すれば人月以上の付加価値を生む

 ソフトウエアは、複製コストがタダ同然です。つまり、一度作ってしまえば、複製して販売できた分だけほとんど利益になるのです。引越しなら、東京都内で受ける引越しサービスと同じ内容のサービスを大阪市内でも受けるためには、その分余計に人件費がかかるのはやむを得ません。しかし、ソフトウエアなら、東京でも大阪でも、あるいは上海やニューヨークでも同じものを使えます。

 「ウィンドウズ」の製造元である米マイクロソフトや、「ドラゴンクエスト」の製造元であるスクウェア・エニックスが莫大な利益を上げている理由がここにあります。

 だったら、システム会社、ソフトウエア会社はこぞってパッケージソフトを作るべきではありませんか。汎用のパッケージソフトや共同利用型サービスのほうが、複製できる分もうかるはずですし、売値も安くなるはずでしょう。

 しかし、システム会社の経営者にこう尋ねれば、「できればやりたい」「しかし、企業ユーザーのニーズはすべて固有で、結局パッケージソフトは売れず、カスタムメードになる」という答えが返ってくることでしょう。

 卵が先か、鶏が先かということかもしれませんが、システム会社がもし、パッケージソフトを作るという意気込みを持てばどうなるでしょうか。対象分野の市場調査をしたうえで何らかの投資を決断し、ユーザーに新しい提案をしながら仮説検証を進め、パッケージあるいは共同利用サービスという形で市場を創るという勝負に出れば、日本のシステム産業だけでなく、日本経済が現状とは違ったものになる気がしてなりません。

 多くのシステム会社はそんな勝負を避け、ユーザーから言われた通りのシステムを開発し、かかったコストを回収するという、低リスク・低リターンの方式に甘んじているのです。