サンフランシスコ市内のホテルでは到着後と帰国前の3日間を過ごすことになっていた。一緒に宿泊するメンバーの何人かは,カリフォルニア大学バークレー校(UC Berkeley)や,IBMを到着直後から訪ねていた。

 一方僕は,とくに予定を入れず,これから始まる日々の下ごしらえをしていた。購入して間もない一眼レフカメラを肩から提げて,初めて見るアメリカの景色を楽しみ,プリペイドの携帯電話を買う。無線通信機能付きのSDカード「Eye-Fi」も買った。こちらで買うとアメリカでの位置情報記録に対応している。

 初めて見たサンフランシスコは,とにかく空が広かった。北九州でも東京でも見たことがない,広い青空である。

 そして渡米2日目。旅の主目的であるシリコンバレーへ移動した。距離はだいたい60kmで,普通の人なら車で40分,混雑していても1時間という距離である。僕たちは「Caltrain」と呼ばれる鉄道で移動した。

Caltrain

 降りる駅は「Mountain View」。Google本社がある町である。

 ここに来る前から,このMountain Viewでは,Googleが公衆無線LANサービス「Google Wifi」を提供していることを知っていた。東京の公衆無線LANサービスはまだ十分とはいえない。いつもノートPCを持ち歩き,いつでもネットにつなぎたい僕にとって,その環境はうらやましいものだった。

 Mountain Viewがほどなく近くなったそのとき,僕のMacBookは,そのGoogle Wifiの電波を受信した。興奮のあまり,車内で思わず画面の写真を撮っていた。

GoogleWifi

 あのGoogleがある土地に来たのだった。Google Mapの航空写真は超高解像度でGoogle Street Viewでは社屋の前でたくさんの従業員が手を振る,あの町に。

JTPAシリコンバレー・カンファレンス2009

 Mountain Viewのゲストハウスに泊まった次の日は,いよいよJTPAシリコンバレー・カンファレンス2009の当日である。予定は8時30分から18時30分まで。朝早くにゲストハウスを出て,車で15分ほどの会場に向かう。

 いざ会場につくと,案内が日本語で書かれていた。たった数日のこととはいえ,ひさしぶりに外で見た日本語に少しほっとする。受付を済ませ,カードに名前を書き,カンファレンスの席についた。

 カンファレンスは,四つの講演と,六つのパネル・ディスカッションで構成されていた。壇上にいるのは皆,シリコンバレーで生活を送る日本人。それぞれの講演に共通する内容は,アメリカで仕事をしてきた講演者のキャリアと,僕たちに伝えたいことだった。パネル・ディスカッションでは,

  • シリコンバレーにいかにしてたどり着くか
  • 研究者やエンジニアとしてのシリコンバレーでの生活がどのようなものか
  • シリコンバレーと日本での起業するときの違いはなにか
  • 英語はどのようにして学んだか
といったテーマで議論が持たれた。

svc2009

 どれも,シリコンバレーから生まれるような製品,サービスに携わるエンジニアになりたい僕にとって,興味のある話ばかりであった。とくに,梅田望夫氏,Appleの木田泰夫氏,Six Apartの宮川達彦氏,YouTubeの福澤伴子氏の四人の話は印象的だった。

 梅田望夫氏の講演内容は,本人のブログに全文が掲載されている。

 また,ほかの内容は小池良次氏の記事にまとまっている。

転職ありきのキャリア設計

 ここでは僕が強く興味を持った部分を詳しく書きたい。「アメリカでは転職ありきのキャリア設計を行う」という話題である。シリコンバレー・カンファレンス2009の会場で聞いて,初めて気が付いた。

 これまでの僕は,学校を出たらどこか行きたい日本のメーカーに行って,そのまま退職するまでいるんだろうな……とだけ漠然と考えていた。しかしこのとき会場で感じたのは,もしかしたら自分が「転職を繰り返す」生き方もできるかもしれないということ。エンジニアとして,自分でやりたいことを持ち,それに必要な技術力や能力を備えて,働く場所を変えていく---こんな生き方である。

 それをシリコンバレーでこなしてきた講演者たちが,次々と登壇して,その様子を話す。エンジニアの生き方として理想的に見える。僕は独房の中から,楽しくごちそうを食べる人たちを見ているような気分になった。なぜ,日本で就職することを前提としていたのだろう。こんな刺激的な場所に来ないという判断はないのではないか……。だんだんと周りが見えなくなり,登壇者がどんどん遠い人に見えていく。

「カルト教団まがいの洗脳」

 そう思ったのもつかの間,最後の講演で海部美知氏,渡辺千賀氏が「このイベントはカルト教団まがいの洗脳」と茶化したところで,ぐんぐんと上がっていた僕のシリコンバレー熱は,ちょうど良い温度に冷めた。うまくバランスを取られた心地である。

 会場近くで貸し切られたバーでの懇親会を終え,ゲストハウスに戻ったのは22時ごろ。疲労もほどよく,これから見て回るシリコンバレーに対して大きな期待を持たされた一日だった。

 明日からはシリコンバレーの企業や大学を見て回る日。レンタカーを借りていた同じ部屋の仲間が,近くの酒屋で買ってきてくれた少しのビールと,大きなポテトチップスとアイスクリーム,いつものインターネットで夜を過ごした。