30年近くも長期低迷していたウイスキー事業が復活の兆しを見せている。「オールド」「角瓶」の風味や外見をリニューアルしただけではない。売り込み中心の営業から飲む文化を伝える地道な営業へというマーケティングの転換があった。酒販店や居酒屋などへの文化の伝播に職人気質のブレンダーも動いた。 (文中敬称略)<日経情報ストラテジー 2008年2月号掲載>

プロジェクトの概要
 近年清涼飲料やビールで強みを見せるサントリーには、80年以上にも及ぶ洋酒事業の歴史がある。しかし、1980年代以降は、焼酎の台頭や飲酒習慣の変化などに押され元気を失ってきた。消費者が飲み方を知らなくては、いくら広告宣伝や営業力に長けていても市場にかつての元気を取り戻すことは不可能だ。サントリーは、スーパーや酒販店、外食チェーンといった顧客接点を通じてウイスキーの魅力を語ることに再生の道を見いだした。「ザ・サントリーオールド」「角瓶」という二大ブランドのリニューアルとほぼ時を同じくして、啓もう活動に乗り出した。営業担当者はもちろん、職人であるブレンダーまでがウイスキーの魅力を地道に伝えようとしている。ウイスキーの伝道師を育てる社内資格認定制度も立ち上げ、初年度は全国の拠点から25人が受講した。1年間に及ぶ取り組みは徐々に成果を上げつつある。
京都郊外にある山崎蒸留所の貯蔵庫。1923年に建築された(上)。一二三屋のいわき平店内にある「Sake Theatre」では入口に近い商品棚2つをサントリーウイスキーが占めている(右下) (写真:今 紀之(上))
京都郊外にある山崎蒸留所の貯蔵庫。1923年に建築された(上)。一二三屋のいわき平店内にある「Sake Theatre」では入口に近い商品棚2つをサントリーウイスキーが占めている(右下) (写真:今 紀之(上))
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 福島県いわき市と郡山市に7店舗を構える、食品スーパーの一二三(ひふみ)屋は、いわき平店を2007年夏に3カ月も休業し一度更地にして大規模な店の改装に踏み切った。リニューアル後の目玉は、「Sake Theatre」。瓶詰めのアルコール飲料の販売スペースをほかのエリアから区切って室温を3度低く設定するとともに、照明も薄暗くして落ち着いた雰囲気をかもし出した。また、10月にオープンしたJRいわき駅に隣接する商業施設「LATOV」内の店には、ウイスキー樽の底を並べて作った巨大オブジェを設置し、街行く人を驚かせた。

 酒類販売に力を注ぐ両店で一番目立つスペースに並べられているのがサントリーのウイスキーだ。商品棚の端のエンドと呼ばれる陳列スペースのうち、入口に近い2つを“占拠”している。一二三屋社長の阿部泰孝は「ただ売るだけじゃない。この地にウイスキーを楽しむ文化を根づかせる」と言う。同社は酒類部門に強みを持った食品スーパーだが、近年は価格競争に巻き込まれがちだった。品ぞろえや商品棚の見せ方で特色を作りたい一二三屋に、サントリーが提案する形で平店とLATOV店のウイスキー販売スペースは生まれた。

 実は一二三屋のようにサントリーの協力を得て販売スペースを拡張したり、店を改装したりするなどして2007年に入ってウイスキー販売に力を入れるようになった酒販店やスーパーのチェーンは全国で10以上に上る。サントリーはプレミアムモルツというヒット商品を生み、悲願のビール事業黒字化は目前に迫っている。酒類以外に柱になる商品もたくさんある。にもかかわらず、この1年余り、ウイスキー事業の復活に心血を注いできた。

 そんな思いが実ったかのように長く縮小を続けてきた市場に一筋の明かりが差し込んでいる。看板的存在である「ザ・サントリーオールドウイスキー」を2006年3月にリニューアル発売したところ、長らく右肩下がりだった販売量が2005年の51万4000ケース(1ケース=12本)から、2006年は54万ケースと息を吹き返した。リニューアル効果が薄れる2007年も前年並みの売り上げで推移している。2007年3月にリニューアルした「角瓶」も同様に売り上げ減少を食い止めた。