世界同時不況を契機に資本主義のあり方を巡る議論が盛んだ。奇しくも環境主義が台頭する時期でもあり、拡大再生産と成長を前提とする資本主義の原理そのものがもはや「エコではない」、だから資本主義は限界なのだといった議論もささやかれる。今回は資本主義の行く末について考えたい。

■最近の資本主義の何が問題なのか?

 「資本主義の暴走」という言葉があるが、言いえて妙である。今回の大不況は経済政策の失敗や景気循環によるものではない。資本主義制度そのものの欠陥(制度疲労)、もしくは制度の運用方法に根本的な欠陥があると思われる。前者の可能性は百年以上も前にマルクスとレーニンが指摘していた。だが、資本主義は共産主義の挑戦を受けて修正資本主義となり、福祉国家を実現した。つまり制度として柔軟な進化を遂げてきた。その経過に照らしても筆者は今回の変調は後者、つまり制度運用の失敗によると考える。

 単純化すると、今回の資本主義の変調は米国という世界最大の国家が資本主義の運用を誤った結果による。間違いの始まりは金融機関の過剰な規制緩和である。その結果、ヘッジファンドや投資銀行に経済全体の投機化を許してしまった。そのなれの果てが、金利ゼロの自動車ローンと住宅バブルという2つの異常現象だったのではないか。

 市場秩序は、本来は国家が規制で維持する。しかし、この20年、米国の金融資本は献金や閣僚への人材供給を通じて政治も支配した。かくして本来、理想主義的なDNAをもつ米国の民主主義が変質した。そして政府は資本主義を正しく制御しなかった。どん欲な金融資本はさらに利ざやを求めて世界中を投機経済化した。そして今回の惨状に至ったのである。世界の平和は今、アルカイダなどのテロリストによって乱されている。それと同様に経済もグリーディーな一部の金融資本に振り回されているのである。

■資本主義再生の課題

 今後の課題は明確である。第1に米国にまっとうな民主主義を取り戻すことである。金融資本に牛耳られない本物の人民民主主義の政府が金融秩序を回復させ、資本主義を本来の姿に戻す必要がある。これはオバマ政権の誕生で実現しつつある。だが経済がこれだけ傷つけば資本主義の自然治癒のスピードは遅い。やはり残された最後のフロンティアである中国の成長が不可欠だ。これが第2の課題である。この問題も中国政府の努力と各国の協力で見通しが立ちつつある。

 以上は短期的な課題だが、ここで中長期的な課題として第3の難問が立ちはだかる。中国の環境破壊問題である。中国が成長すると地球の環境問題が深刻化する。CO2問題、海洋汚染、酸性雨、黄砂、そして世界の食糧・エネルギーの高騰が予想される。資本主義は成長なくして存続し得ない。中国は成長せざるを得ない。「環境を破壊せずに中国の経済成長を促すこと」は、もはや地球的課題なのである。

 この問題を解決できるのは、おそらく日本である。なぜなら高度な環境制御技術を持っている。また人口密度の高い都市の上下水道や廃棄物処理、大気コントロールなどの仕組みを持っている。かくして日本は意外にもこれからの資本主義の更なる進化の過程で一役買える可能性がある。

 米国の資本主義は英国に産業革命が生まれなかったらおそらく育っていなかったと言われる。米国は、本来は民主主義の理念に基づいて作られた原理主義国家だった。それに惹かれて欧州からの移民が流れ込み、また技術移転が起こり、大衆資本主義と大衆民主主義という今日の資本主義と民主主義という2つの社会運営の基本原理、コンピュータで例えればオペレーティング・システム(OS)に相当するものが誕生した。これから50年、おそらく中国を舞台に同様のダイナミックな資本主義の進化が起こるのではないか。そして中国において環境主義と資本主義が共存するモデルが実現されるだろう。そしてそこにおける産婆役になるのがおそらく日本である。

 500年後の教科書には、明治以来の日本の近代化がなかったら中国の新資本主義は生まれていなかったと書かれているのではないか。

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山信一
慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省,マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。専門は行政経営。2009年2月に『自治体改革の突破口』を発刊。その他,『行政の経営分析―大阪市の挑戦』,『行政の解体と再生』など編著書多数。