インターネット・プロバイダの会員が犯罪の被疑者となったケースのように,サービス事業者は犯罪を犯していないが,そのサービスの会員が被疑者になった場合,サービス事業者への捜索・差押は法的に有効なのだろうか。今回は捜索・差押に関する法的知識を解説しよう。

 インターネット・プロバイダ,ベッコアメ・インターネットの会員が,ベッコアメのサーバー上にアダルト向けホームページを開設。1997年12月から98年1月にかけて,ホームページ上にわいせつ画像をアップロードし,不特定多数が閲覧可能な状態にした。

 福岡県警は,この行為が「わいせつ物頒布罪」(刑法175条)に当たるとして,同会員の捜査を開始したが,会員の氏名は不詳だった。会員を特定するためには,ベッコアメが持っている顧客名簿を証拠として差し押さえる必要があると考えた福岡県警は,福岡簡易裁判所裁判官から発付を受けた「捜索差押許可状」に基づいて,ベッコアメの東京支店を捜索。アダルト・ホームページの開設を希望していた428人の氏名・住所・電話番号などから成る顧客データを差し押さえた。

 これに対してベッコアメ側は,「差押は被疑事実との関連性がなく,違法な捜索差押許可状に基づくものなので,差押処分は無効」として,東京地方裁判所に処分の取消を要求。東京地方裁判所は,被疑者以外の427人のデータについては,被疑事実との関連性がないので差押の必要はないと判断し,顧客データの差押処分を取り消した。(東京地方裁判所 1998年2月27日決定 判例時報1637号152頁)。

 サービス事業者自身が犯罪を犯した場合,警察がサービス事業者を捜索して,証拠物件を強制的に差し押さえるのは,当然のことである。例えば,インターネット・プロバイダ自身がわいせつ画像を提供した場合は,わいせつ物頒布罪の被疑者となり,コンピュータやデータなどの証拠物件が差押,押収の対象となる。

 では,サービス事業者自身は犯罪を犯していないが,そのサービス事業者の会員が犯罪を犯した場合はどうだろうか。冒頭の判例のように,インターネット・プロバイダの会員が,プロバイダのサービスを使ってわいせつ物頒布罪を犯す,といったケースである。こうした場合,会員を対象とした捜査のために,サービス事業者が所有するコンピュータやデータを証拠物件として差し押さえるのは,どんな法的根拠があるのだろうか。

令状は証拠物件の明記が必要

 犯罪捜査のためには,証拠物件や没収物件の捜索・差押が必要である。犯罪捜査や検挙,裁判などの手続きを定めた「刑事訴訟法」では,「検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,裁判官の発する令状により,差押,捜索又は検証をすることができる」と規定している(218条1項)。

 その一方で,差押,押収は通信の秘密やプライバシを侵害する恐れがあるため,プライバシの保護には十分配慮しなければらない。憲法35条1項では,「何人も,その住居,書類及び所持品について,侵入,捜索及び押収を受けることのない権利は正当な理由に基いて発せられ,かつ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ,侵されない」と規定しており,捜索・差押で通信の秘密やプライバシを侵害されない権利は,基本的人権として保証されている。

 刑事訴訟法でも,この点は考慮されている。具体的には,(1)被疑者以外の者の所有物やオフィスの捜索・差押は,押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り行うことができ(102条2項),(2)裁判官が発付する捜索状や差押状には,被疑者の氏名,罪名のほか,差し押さえるべき物または捜索すべき場所,物,人を記載しなければならない(219条1項)と規定。捜索・差押に一定の制限を課している(図1)。

図1●捜索・差押に一定の制限を課した刑事訴訟法102条と219条1項
図1●捜索・差押に一定の制限を課した刑事訴訟法102条と219条1項
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準抗告の申し立てができる

 このように,被疑者以外の者に対する捜索・差押では,被疑者の氏名,罪名,差し押さえるべき物,捜索すべき場所などを令状に明記しなければならない。

 しかし一般には,被疑事実の特定は可能でも,証拠物件については,警察官が捜索・差押の現場に行かないと,厳密な特定ができないことが多い。このため実務上は,令状に対象物の種類を極めて広く記載することが多い。

 冒頭の事件で簡易裁判官が発付した令状でも,わいせつデータの記録された記録媒体,わいせつデータのプリントアウトなど,被疑事実に関連する資料を広く記載していた(図2)。

図2●福岡簡易裁判所裁判官が発布した令状に記載されていた差押対象物。証拠物件になる可能性のある物を広く列挙していた
図2●福岡簡易裁判所裁判官が発布した令状に記載されていた差押対象物。証拠物件になる可能性のある物を広く列挙していた
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 しかしこれでは,令状に被疑者の氏名や対象物を明記するよう定めた刑事訴訟法219条1項に反することになる。そこで冒頭の事件では,東京地方裁判所が,捜索・差押の現場で押収できるのは,「被疑事実に関連性のある物に限るべきなので,令状は無効」という決定を下したわけである。

 コンピュータを使ったサービスでは,犯罪に関する証拠物件はデータであることが多い。紙の場合と違い,データには被疑事実と無関係な情報が大量に含まれているケースが多くなる。当然,その中には,被疑者とは無関係な人や企業のプライバシや秘密が含まれている可能性が高い。

 このため,仮にサービス事業者やサービス事業者の社員が犯したわけではない犯罪に関する捜索・差押が行われた場合,会員のプライバシーを守るために,弁護士に依頼して警察や検察と交渉してもらったり,裁判所に不服申し立て(これを準抗告と呼ぶ)を行うべきである。会員から訴えられる可能性があるからだ。また,万一に備えて,バックアップ・コピーを取り,複数の場所で保管する対策も重要だ。

辛島 睦 弁護士
1939年生まれ。61年東京大学法学部卒業。65年弁護士登録。74年から日本アイ・ビー・エムで社内弁護士として勤務。94年から99年まで同社法務・知的所有権担当取締役。99年に森・濱田松本法律事務所に入所。2009年,辛島法律事務所を開設。