自社の知名度の向上やパッケージソフトの拡販につながりそうな案件だ。業務知識を武器に、商談は順調に進んだ。ところが見積額と顧客の予算に1000万円の開きがあった。

 「この案件を受注できれば、関東地区では無名に近かったアイルの知名度を一気に高められる。何としても受注したい」。

 大阪市に本社を構える中堅SIerであるアイルのシステムソリューション事業部大阪営業グループねじ製造・流通チーム係長である樋口隆洋は、こう意気込んだ。電子機器用ねじなどの生産・販売を手掛ける、神奈川県のユニオン精密に声を掛けられた、2008年2月のことである()。

表●ユニオン精密がアイルに発注するまでの経緯
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表●ユニオン精密がアイルに発注するまでの経緯

 このとき、ユニオン精密は生産管理システムの再構築を検討していた。同社の取締役で工場長を務める雨森和彦は、アイルに打診する以前からシステム構築の委託先の選定を進めていたのだ。

 雨森は有力候補として、ITベンダーのA社とB社に絞り込んでいた。だが、いずれの提案も決め手に欠けることに悩んでいた。

 そんななか、雨森はねじ業界の専門紙でアイルの生産管理パッケージ「アラジンオフィス」に関する記事で「ねじメーカー専門」という見出しを読んで興味を持った。アイルの提案を聞いてみることに決め、RFP(提案依頼書)を提出したのである。

 アイルはこれまで、ねじメーカー向けの業務システムを数多く手掛けてきたという。そこで培ったノウハウをアラジンオフィスとしてパッケージ化し、2008年2月から出荷を開始した。

50枚の画面サンプルを持参

 樋口はまず、RFPに記載されていた業務プロセスに目を付けた。「製品の機能を説明するよりも、アラジンオフィスの導入イメージを分かりやすく伝えたほうがよい」。樋口はこう考え、新システムの活用イメージを、分かりやすく説明するための画面サンプルを持参することに決めた。

 樋口は、アラジンオフィスを使った業務の流れを示すため、A4用紙で約50枚の画面サンプルを用意。2008年2月29日、樋口はユニオン精密を初めて訪問した。

 樋口の話を聞いたユニオン精密のプロジェクトメンバーの反応はまずまずだった。「画面サンプルのおかげで、新システムによる業務の流れがイメージできた」といった意見が多く出た。

 このとき樋口が持参した画面サンプルはすべて、アラジンオフィスの標準仕様のままだった。それでも、説明を聞いたプロジェクトメンバーの大半からは、「A社やB社が提案してきたパッケージ製品よりも、ねじ製造の業務に合っていて使いやすそうだ」といった感想が聞かれた。

 雨森も、「さすが“ねじメーカー専門”とうたうだけのことはある。これならRFPに記載したほとんどの要件に、標準機能のままでも対応できそうだ」との印象を持ったという()。

図●ユニオン精密が最終的に検討した3社の提案内容と評価ポイント
図●ユニオン精密が最終的に検討した3社の提案内容と評価ポイント
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 さらに雨森は、樋口がねじ製造の業務に精通している点を評価した。「圧造の工程では、ねじの本数ではなく重量で管理したいのだが、それは可能か」。雨森は、ねじ製造の専門用語を使って質問することが多かった。それでも、樋口は用語解説を求めずに、話の内容を理解し、受け答えしていたのである。