新規取引を狙っていた企業から、ついに商談のチャンスを得た。競合は大手の既存ベンダー3社。業界知識に自信を持つ専門家が、経営トップへのアプローチで商談を切り開いていく。

 「そんなに投資の必要な提案を採用できるわけがない。当社にとっての費用対効果をよく考えて下さい」。成城石井社長の大久保恒夫が発した第一声に、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の営業担当者たちは身を引き締めた。2008年1月末のことである。

 成城石井にCTCが提案したのは、取引先との受発注業務を担うEDI(電子データ交換)システムだ。エンタープライズビジネス第1本部リテールビジネス営業第2部スペシャリストの川上裕之が営業チームを率い、提案の作成をけん引してきた。

 顧客の要望は、ほぼ提案に盛り込んだはずだ。社長への提案説明は、川上が成城石井の情報システム部長である岸圭司に強く要望して、実現したものである。

 全力を尽くしたにもかかわらず、提案は即座に否定された。しかしこの時、経営トップから直接、厳しい言葉を受けたことが、後に川上を勝利に導くことになる。

メルマガやイベントで人脈を築く

 EDIに関する商談のきっかけは、07年春のことだ。成城石井の経理部長と川上が、流通関係者が集まるIT展示会で出会ったことが始まりである。

 ただ当時の話題は会計システムだった。成城石井は、ある国産ERP(統合基幹業務システム)パッケージの会計モジュールを導入していたが、「システムの設計が業務に合わず、さまざまな不満が現場から出ていた」(システム部長の岸)。解決のアイデアを求めるなかで、CTCにも声がかかったのだ。

 成城石井の経理部長が展示会を訪問することを知った川上は、すぐに相談を受ける相手を買って出たという。川上にとって成城石井は、なんとしても取引関係を築きたかった意中の企業だったからだ。

 リテールビジネスの「スペシャリスト」という肩書きを持つ川上の仕事は、流通業に関する専門知識を武器に、経営や業務への助言を通じて商談を開拓することである。通常の顧客開拓に加え、自らが発行するメールマガジンを通じて流通業界の最新情報や業界分析を発信したり、流通業向けのイベントを企画したりして、業界に人脈を築いてきた。

 成城石井にも接触を試みており、岸とは面識がなかったが、前任のシステム部長とは情報交換する関係にあった。川上が企画したセミナーで、大久保に講演を依頼したこともあったという。

 川上が成城石井との関係構築を目指したのは、同社が好業績を続けている成長企業である以外に、もう一つ重要な理由がある。07年1月に社長に就任した大久保の存在だ。

 複数の流通企業で経営に携わった大久保は、03年9月~06年3月に社長を務めたドラッグイレブンでの経営手腕を評価され、「流通の再建請負人」として注目を集めていた。ITの活用に積極的な経営者としても知られる。

 CTCの提案が大久保に認められれば、流通業界向けのシステム構築でさらに知名度が上がるはず─。こう考えていたのである。