今回の通信大手3社の決算では,ここ数年の成長をけん引してきた移動通信事業の事業モデルが崩れたことが,いよいよ明確になった。端末のモデルチェンジをするたびに付加サービスを追加し,一人当たりの平均収入(ARPU)の落ち込みを防ぐというサイクルが,端末の買い換えサイクルの長期化で通用しなくなった。
決算会見では,各社トップもこの構造変化を認めたものの,成長維持に向けた新しい事業戦略は示していない。2008年度まで続けてきた戦略を継続し,コスト削減で利益を確保することに専念する構えだ。
成長維持のシナリオは示さず
NTTドコモやKDDIは,現状の販売台数を維持するための施策を打ち出しつつ,利益を確保するために,設備投資や販売促進費などの営業費用をできるかぎり抑えるという。
ソフトバンクモバイルも現行路線を継続する。2社とは逆に高めの販売奨励金や解約率は甘受しつつ,加入者数の拡大を通じて通信料収入を増やすことに注力する。
移動通信事業の成長鈍化をカバーするため,固定通信事業では,ユーザーの拡大よりも単体での黒字化を重視する動きが強まっている。
NTTは,光ファイバ2000万加入の計画を先延ばししたものの,もう一つの目標である2011年度の光ファイバ事業の単年度黒字化は取り下げなかった。今後は加入者をむやみに取りに行かずに,費用を抑えた販売促進策を採ることになるだろう。
光ファイバ加入者数が現状の水準で停滞すれば,通信インフラの効率化という面ではマイナスになる。フレッツ光回線を旧来の地域IP網からNGN(次世代ネットワーク)に収容替えする方法については「コストをかけずにネットワーク経由で実施する技術にメドが付いた」(三浦社長)としているが,老朽化する加入電話網をIP網へと移行する計画には遅れが生じそうだ。
KDDIやソフトバンクも,NTTと同様に,固定系の通信設備への投資を抑えて利益を確保したい考えだ。KDDIは,傘下のケーブルテレビ事業を含めて自前の回線で加入者を獲得する。KDDIとは対照的に,ソフトバンクはNTT東西のフレッツ光の再販に絞り込み,設備投資リスクを抱え込まない方針に切り替えた。
移動体など三つの経営課題が浮上
2008年決算からは,大きく三つの通信業界の課題が浮き上がった(図1)。(1)割賦販売プランの導入で収益構造が大きく変わった移動体通信事業の再構築,(2)加入ペースが鈍化した光ファイバ事業の建て直し,(3)通信を生かした周辺事業による成長シナリオの構築──が今後の経営戦略の焦点になることが予想される。
(1)については,移動体通信事業に導入された端末販売プランの変化が,「販売奨励金の削減」と,「端末販売による売上げの減少」という二つの変化をもたらした。これに対して各社が採る戦略によって,それぞれの業績に明暗がついて行くことになる。具体的には,NTTドコモ,KDDIは,新規加入者獲得費用を抑制し,サービス内容で解約率の抑制を徹底化する動きを強める傾向だ。営業費用の削減効果で,一定の利益規模を維持する狙いである。
一方,ソフトバンクモバイルは,解約率が他社より高い半面,独自の料金プランなどに加入者獲得費用を投じている。利益規模の維持より,先行する2社とのシェアの差をさらに詰めることを最優先していく戦略だ。
(2)は,光ファイバ市場の活性化のために競争促進を求める声が高まっていきそうだ。NTT東西のフレッツ光の新規加入者数は2008年度後半に大きくペース・ダウンした。ADSLのように設備貸し出しによる新規事業者の参入がほとんど見られず,料金が高止まりしているのがその要因だという指摘は多い。「ブロードバンド普及率の向上」という政策的な課題に焦点が集まれば,今後,競争促進のための規制見直しにむけた圧力が高まる可能性がある。
(3)は,放送業界やエネルギー業界など,通信事業との融合による新市場の創出や市場活性化の可能性を模索する動きである。通信業界が市場構造の変化に見舞われているのと同様,放送,コンテンツ業界も広告市場の縮小に直面している。新たなメディアの創造やこれまでに無い視聴シーンの提供という分野で,通信業界との融合に対する,潜在ニーズは高いと言えるだろう。
2008年度の通信事業者の決算内容からはこうした,従来からの事業戦略の限界と,変化への潮目が見えてくる。次回以降は,これら通信事業者の決算を詳細に比較する。