子会社との基幹系システムの商談だ。親会社との交渉はうまくいった。楽勝だと考えていたが、厳しい現実が待ち構えていた。ゼロから提案活動を進めるものの、成約までの道のりは遠い。

 「親会社の“お墨付き”を得ていることは承知していますが、当社の業務に合わなければ、御社の提案を採用することはできません」。住商情報システム(SCS)ProActive事業部 ProActive関西営業部の課長である大槻泰夫は、近鉄不動産との初顔合わせで、こう釘を刺された。

 2006年6月のことだ。相手は、近鉄不動産の基幹系システム構築プロジェクトのキーパーソン。近鉄不動産の企画部長である萩原章男と、近畿日本鉄道(近鉄)のシステム子会社である近鉄情報システム(KIS)の開発部マネージャの浅山昇である。

 SCSの大槻は、近鉄不動産との商談に入る1年前の2005年春から、近鉄への営業活動を続けていた。大槻の努力は実を結び、近鉄は2006年1月、SCSのパッケージ「ProActive E2」を「近鉄グループが導入するERP(統合基幹業務システム)パッケージ」の一つとして選んだ。

 親会社との交渉をまとめたことから、近鉄不動産との商談でも「受注は確実」と大槻は思っていた。ところが、近鉄不動産のプロジェクトメンバーの対応は、冒頭のようなものだった。

 「親会社の決定通り、ProActiveは検討します。ただし、不動産業務に最適なパッケージが、ほかにないかどうかを公平に選ぶつもりです」。KISの浅山の言葉で、楽勝ムードは吹き飛ぶ。大槻は身を引き締めた。

コンサルを飛び越え顧客に接触

 近鉄不動産との商談が始まったのは、2006年5月だ()。近鉄不動産のITコンサルティングを請け負っていたSIerであるA社の担当者が、SCSの大槻と連絡を取ったのが契機である。

表●SCSが近鉄不動産から基幹システム構築案件を受注するまでの経緯
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表●SCSが近鉄不動産から基幹システム構築案件を受注するまでの経緯

 2006年5月の初顔合わせを終えた後、大槻の営業チームはA社の担当者を介して商談を進めていた。大槻は、萩原や浅山と直接議論する機会が少ないことに、もどかしさを感じる。

 「間接的に情報を収集できていても、顧客の生の声を聞けなければ、良い提案は難しい」。大槻は、A社抜きで近鉄不動産と直接面談する場を設けることが必要だと判断した。

 そこで、大槻は、萩原と浅山に「ProActiveの製品デモを披露したい」と連絡を入れたのである。萩原と浅山は快諾。2006年7月上旬にデモを実施した。

 萩原と浅山からはProActiveの機能に関する質問も多く、関心の高さがうかがえた。さらに萩原から直接情報を収集できる関係を築けたことで、大槻はその後の提案で有益な情報を得たという。

 例えば、当時はマンション市場が拡大していたので、大槻は顧客の関心が基幹系システムの性能アップにあると想像していた。ところが萩原の話を聞くと、近鉄不動産は事業拡大を急いではおらず、むしろ住宅リフォームや住宅販売仲介などの新規分野を育て、事業バランスを取る経営を目指していることが分かった。

 こうした情報を基に、大槻は後の提案段階で、SCSがERPの機能拡張や追加開発を得意としている点をアピール。当時、近鉄不動産のメインフレームで動かしている住宅リフォーム事業向けシステムを、ERPパッケージで置き換えるべきだという考え方もプレゼンで訴えた。

 7月に大槻と頻繁に面会しながら、萩原はSCSの競合相手数社とも、新システムに関して情報交換していた。SCS以外の企業はいずれも、近鉄不動産と既に付き合いのあるITベンダーである。

 「当社とSCSは初めての付き合いだったせいか、ITベンダーの中では大槻さんのチームが最も熱心に当社を訪問し、ヒアリングしていた」。萩原は当時を振り返る。