雨は雲の中から降ってくる。しとしと程度の雨だったら「こういう刺激もいいね」と好意的に受け止めるが、土砂降りになれば泥まみれになる。今のクラウドコンピューティングは、まさにゲリラ豪雨のような勢いだ。大量の情報がITベンダーから一気に押し寄せてきている。

 「新しいサービスというが、そのクラウドコンピューティングが何を提供するのかという肝心な説明がない。単なる新しいデータセンターの話に終始している。物理的なインフラと、インフラの使用用途を混同しているのではないか」。IT部門出身のシステムコンサルタントである東山尚氏は、こう話す。

 同氏が気にするのは、クラウドコンピューティングがITベンダーの視点でばかり語られていることだ。将来、すべての企業情報システムがクラウドに飲み込まれてしまうという観測が流れるほど。「自社システムの将来はユーザー企業が決めることだ。クラウドコンピューティングというはやり言葉に流されず、システム構築の主導権を握り続けるべきだ」(東山氏)。

 ガートナージャパンの亦賀忠明バイスプレジデントも、クラウドコンピューティングの行く末を懸念している一人である。

 「ITベンダーの数だけ定義がある。クラウド間の連携やアプリケーション連携についての標準規格もまだない。これでは投資できないだろう。ユーザー企業は今まで強い関心を抱いていたが、最近は幻滅を感じ始めた」とまで言う。

 昨年10月、米オラクルのラリー・エリソンCEO(最高経営責任者)は講演会の席上で、「いったい何がクラウドコンピューティングなのか分からない」と疑問を投げた。

 IT業界はファッション業界と同じだと断言するエリソン氏はかつて、IT業界を次のように斬ったことがある。「IT業界ほど、誰も欲しがらないものを売りつけることに長けた業界はない」。クラウドコンピューティングも“エリソン辞書”に加えるつもりなのだろうか。

 国内最大手のSIerであるNTTデータの役員は、「米国のIT業界には何らかの風が吹かないとビジネスができないベンダーが多い。彼らにクラウドコンピューティングのコンセプトを語らせると確かに面白い。だが、実用レベルに落とすだけの技術力が、まだ追い付いていないのではないか」と話す。同役員は、ユーザー企業が今のクラウドコンピューティングに飛びつくと、やけどをするだろうと付け加えた。

 別の大手SIer幹部は、「提携先の米ITベンダーが商用サービス中のソフト開発者向けクラウドであるHaaS(ハードウエア・アズ・ア・サービス)を、当社の5人の技術者が試用してみた。うまくいったのは1人だけ。4人がエラー反応だった」と苦笑する。こうした実情では、日本のユーザー企業にクラウドコンピューティング勧めることは、まだ難しいと言う。

 米IBMは01年2月、4面通しの新聞広告で「コンピューティングは電気やガス、水道、電話に次ぐ第四のユーティリティ(公共サービス)になる」と位置付けた。しかし「クラウドコンピューティング」という言葉を派手に使い始めたのはIBMではなかった。伝統的なIT企業ですらない米グーグルだ。場所は06年1月の英エコノミスト誌上である。

 誤解を恐れずに言えば、グーグルのクラウドコンピューティングは副業としてのサービスである。本業で余ったコンピューティング能力を有効利用するというのが当初のアイデアだった。米アマゾン・ドットコムが、クラウドコンピューティングを重視するのも同じ理由である。

 「少なくとも企業が顧客である伝統的なIT業界は、クラウドコンピューティングという言葉に安易に乗るべきではなかった。今は新興企業にかき回されているだけだ」と東山氏はIT業界をしかる。

 エリソン氏の弁ではないが、クラウドコンピューティングは売り物がないIT業界に渡りに船のフレーズだったのかもしれない。そうであれば、曇り空は当分、続くだろう。