経営者にとって、情報システムは頭痛の種になりがちだ。業務に必須だが投資に見合った効果が出るとは限らない。ほかの設備投資に比べて専門的で難解でもある。

 野村総合研究所で約20年間勤務した後に、人材派遣大手スタッフサービスのCIO(最高情報責任者)を務め急成長を支えた著者が、ベンダーとユーザー両方の視点から、“システム屋”の思考回路と、上手な付き合い方を説く。

 第15回から前回(第18回)まで、IT(情報技術)業界で働くコンサルタントの特性について説明してきました。

 今回からは視点を変えて、ダメな“システム屋”を生むIT業界の取引構造について書きたいと思います。ここで触れることは既に業界内ではよく知られていることかもしれませんが、私が“システム屋”と呼ぶITベンダーやシステム・インテグレーターの、特に経営層が放置している問題点として、改めて指摘したいと思います。

製造業に比べて明るみに出にくい「二重派遣」問題

 製造現場などでは、日本の法律で禁止されている二重派遣を違法に行うことを目的に、「偽装請負」という“手法”が使われてきました。

 顧客企業から人材の派遣を求められたある派遣会社は、人材がいないことを理由にほかの派遣会社から人員を調達し、顧客企業に派遣することがあります。このケースでは、顧客企業を含めて3つの企業が登場しますから、派遣契約を結べば二重派遣となってしまい違法です。そこで、2つの契約のうちのいずれかを派遣ではなく請負契約として脱法し、2つの派遣会社の両方がマージンを得るという手法が「偽装請負」です。その分、末端の技術者の収入は少なくなってしまいます。

 実はこの手法は、IT業界では昔からよく行われてきました。

 製造現場などでは、無資格である種の機械を操作させて事故が起こるなど、目に見える問題が大きかったがゆえに、監督官庁もマスコミも注目し、是正措置を講じる動きも出ています。しかし、情報システム構築の現場では、そのような具体的な危険がないことから、これまでのところ放置されてきた面があると思います。

 私は、経済格差の観点や、悪徳経営者の糾弾といった観点より、むしろ、我が国のIT産業の競争力という観点から、この問題を解決すべきだと考えています。

 それでなくても、日本人の人件費は世界最高レベルにあります。そのうえに、マージンを取る企業が多いと、1人当たりの人件費はもっと高額になります。場合によっては、本人の手取り分の2倍にもなるような金額で技術者にようやく働いてもらって、それで2倍の付加価値があるかといえば、かなり疑わしいと思います。こんないびつな構造を持つ産業が栄えるわけはありませんし、それだけではなく、ほかの産業の足を引っ張る恐れすらあるでしょう。

 次回以降、この問題をもう少し深く掘り下げるとともに、解決策を提示したいと思います。

佐藤 治夫(さとう はるお)氏
老博堂コンサルティング 代表
1956年東京都武蔵野市生まれ。79年東京工業大学理学部数学科卒業、同年野村コンピュータシステム(現野村総合研究所)入社。流通・金融などのシステム開発プロジェクトに携わる。2001年独立し、フリーランスで活動。2003年スタッフサービス・ホールディングス取締役に就任、CIO(最高情報責任者)を務める。2008年6月に再び独立し、複数のユーザー企業・システム企業の顧問を務める。趣味はサッカーで、休日はコーチとして少年チームを指導する。