iPhoneは,単なる“魅力的な携帯電話機”ではない。アプリケーションのプラットフォームとしても,非常に大きなインパクトをもたらした。iPhoneとiPod touch向けのアプリケーション販売サイト「App Store」には,5万本を超えるアプリケーションが集まり,サービス開始からわずか9カ月で10億ダウンロードを達成。世界中のプログラマやコンテンツ企業が,App Storeにアプリケーションを投入し始めた。アップルに手数料として売り上げの3割を徴収されるものの,プログラマにとっては,世界中にアプリケーションを販売できるという大きなメリットがある。

個人プログラマが1日で300万円を売り上げる

写真1●イーサン・ニコラス氏が開発した「iShoot」
写真1●イーサン・ニコラス氏が開発した「iShoot」
戦車の砲台の発射角と強さを指定して,敵の戦車をやっつけるだけのシンプルなゲームだ。
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 米サン・マイクロシステムズの元社員イーサン・ニコラス氏は,話題になっているiPhone用アプリケーションを自分でも作ってみようと考えた。そして,「iShoot」(写真1)というシンプルなゲームをつくり,2008年10月にリリースした。最初は鳴かず飛ばずだったが,無料版を作ったところ話題になった。無料版の中に3ドルの有料版アプリの広告を入れると,人気が有料版にも飛び火。米国のApp Storeの有料アプリケーションの1位に輝いた。ニコラス氏は,その日1日だけで3万7000ドル(約370万円)を売り上げた。

 これまでも,個人のプログラマがシェアウエアという形でアプリケーションを販売することはあった。しかし,しっかりとした課金システムが整備されていなかったこともあり,これほどの利益を上げることは稀だった。

 一方のiPhoneでは,開発者があらかじめ世界60カ国以上に対応した税金書類などを用意すれば,App Store経由でアプリケーションを1クリックで即時,世界中に販売できる。その結果,多くのiPhone長者プログラマが誕生している。2008年のクリスマスには,前日のイブと合わせた2日間で,4万ドルを売り上げたジョエル・コム氏が話題になった。現在,米国のApp Storeで有料アプリケーションの1位になると,1日当たりでピーク時には3万~4万本,少ない日でもほぼ確実に1万本はダウンロードされるという。日本でも「PocketGuitar」の開発者の笠谷真也氏と,「LightBike」のパンカク社が,この米国ランキング1位の座を獲得している。

大手ゲームメーカーが続々参入

 iPhoneのソフトウエア・ビジネスは儲かる――。この認識が広がり始めると,大手のソフト開発会社も次から次へとiPhoneアプリの開発に乗り出した。中でも,最も動きが速かったのがゲーム関連の会社だ。エレクトロニクス・アーツ社やセガUSA,ハドソンといった大手も続々とiPhone開発に乗り出している。現在,5万本近くあるiPhone用アプリケーションのうち約20%前後がゲームアプリケーションで,ジョークソフトなどを含むエンターテインメント系のアプリケーションと合わせると約30%超を占める。

 iPhoneアプリにゲーム会社が熱心な理由の一つは,iPhoneの台数が非常に多いことだ。2009年3月の時点(初代iPhone発売から21カ月,App Store事業開始から9カ月目)には2100万台のプラットフォームに成長した。実は,iPhone用のほぼすべてのアプリケーションは,iPod touchでも利用できる。当時のiPod touchの台数は1600万台で,iPhoneと合わせると3700万台という巨大プラットフォームになっていた。その後2009年6月には,iPod touchを含めた台数は合計4000万台まで増えた。

 これは,人気のゲームプラットフォームと比べてもそん色ない数である。ソニーのPSPは発売から10カ月で1000万台を出荷。任天堂DSは,1年と3週間で544万台を出荷した。もっとも,App Storeには消費者にとってこれらのゲーム専用機よりも魅力的な側面がある。それは,アプリケーションの安さだ。

写真2●セガの人気ゲーム「Super Monkey Ball」のプレイ画面
写真2●セガの人気ゲーム「Super Monkey Ball」のプレイ画面
順に任天堂DS(上左),PSP(下),iPhone(上右)。
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 例えばセガは,iPhoneとPSP,任天堂DSという3つのプラットフォームで「Super Monkey Ball」というゲームを提供している(写真2)。iPhoneのSuper Monkey Ballの価格は,当初9.99ドルだったが,のちに値下げして4.99ドルとなった。一方,高精細グラフィックスのソニーのPSP版は49.95ドル,グラフィックスが劣る任天堂DS版は19.99ドル。どちらも,iPhoneの4倍以上もする。

 この理由は実は簡単だ。PSPや任天堂DSのゲームは,カートリッジ形式で流通しているため,流通や在庫管理のコストがかかる。これに対してiPhoneのアプリケーションは,パッケージは使わずにダウンロードで販売する。このため,非常に安く販売できるのである。

 ゲーム専用機では,さらに国ごとにパッケージをローカライズする必要があるため,各国の市場の影響を受けやすい。例えばSuper Monkey Ballは米国で19.99ドルなのに対して,日本の定価は5040円と2倍以上もする。この点iPhoneでは,アプリケーションの中に,英語,フランス語,日本語といった各言語用のリソースが用意されており,米国人のiPhoneで起動すれば英語が,日本人のiPhoneでは日本語,フランス人のiPhoneではフランス語が表示される。開発者はアップルにあらかじめ税務上の書類を提出しておけば,製品名や価格などの必要な情報を入力してマウスでボタンをクリックするだけで,すぐさま世界60カ国以上でアプリケーションの販売をすることができる。ローカルオフィスの設置や流通業者との交渉などは一切不要だ。

 しかも開発者のもとには,アップルからどのアプリケーションがどの国で何本ダウンロードされたといった詳細なレポートが送られてくる。開発者は,その反応を見てアプリケーションを改良できる。製品リリース後に問題が見つかっても,リコールや改訂版をすぐに出せる。