エノテック・コンサルティングCEO 米AZCAマネージング・ディレクタ 海部 美知 エノテック・コンサルティングCEO
海部 美知

 日本ではNHKがネット番組配信を開始して話題になっているが,米国では既に開始から数年を経ており,最近では定着しつつある。しかし,サービスを提供する側のテレビ局は,「成功」を手放しに喜べない複雑な事情を抱えている。

ネット配信の試行錯誤

 米国でのネット番組配信は,2005年に米ABCがiTunes向けに有料販売を開始したのが最初。CM付き無料配信でも2006年に同じくABCが先陣を切った。当時,YouTubeがテレビ番組の無許可アップロードのおかげで大ヒットし,テレビ各局はこれにどう対抗するかで大揺れしていた。対策の一つとしてテレビ局による自前サイトでのネット配信が試されたものの,そのいずれも成果を出せなかった。

 2008年3月,「なぜ今更」というほどの遅いタイミングで,米NBCと米フォックスが合弁で動画配信サービス「Hulu」を開始した。既存のネット配信と比べて技術的に変わったところはなく,最大の売り物はドラマやコメディなどの豊富なコンテンツの「品ぞろえ」であった。

スーパーボウルをきっかけに大躍進

 比較的静かなスタートを切ったHuluだが,今年2月以降急速にトラフィックが増加している。2月1日に米国の国民的スポーツ・イベント「スーパーボウル」をNBCがテレビ放映した際,自社広告としてHuluのCMを流した。これで認知度が上がり,ほかのテレビ局自前サイトを一気に引き離した。

 ニールセンのネット映像配信調査によると,4月の配信ストリーム数でHuluは前年同期比490%と大躍進し,Yahoo!を抜いてYouTubeに次ぐ第2位となった。Huluに敗北したABCの親会社ディズニーは,4月30日にHuluに出資してパートナとなる道を選んだ。米国4大ネットワークのうち3社が,Huluに結集したことになる。

まだ続く産みの苦しみ

 ところが,なまじ成功したために問題も起こってきた。米国のメジャー・テレビ局は,ケーブルテレビ(CATV)に番組を配信し,巨額の配信料を受け取っている。テレビ局がネット配信を拡大すると,CATVの視聴者を奪うことになるため,CATV会社がテレビ局に圧力をかけてきたのだ。

 CATV会社は,ここ数年テレビ事業が頭打ちで,ブロードバンドを成長の柱としてきた。この分野でライバルである米AT&Tと米ベライゾン・コミュニケーションズは,逆にIPTVのユーザーを急速に増やしており,CATV会社にしてみれば本業で足元をすくわれたくないという事情がある。

 このため,Huluはフリーの視聴ソフト「Boxee」へのコンテンツ配信をブロックするなど,サービス内容の一歩後退を余儀なくされている。

 CATVという,もう一つの大勢力の事情も絡む米国のテレビ番組のネット配信は,着実に前進しながらも,なかなか一筋縄ではいかないようだ。

海部美知(かいふ・みち)
エノテック・コンサルティングCEO
 NTTと米国の携帯電話ベンチャNextWaveを経て,1998年から通信・IT分野の経営コンサルティングを行っている。シリコン・バレー在住。
 カリフォルニア州は,メキシコと国境を接しているため,テキサス州と並んで新型インフルエンザの最前線となっている。しかし,1カ月がたってほぼ情報が行き渡ったため,生活は平常に戻った。正しい情報を把握すれば,無用な恐怖を持たずに済む。情報の大切さを改めて感じている。