MVNOの先駆けである日本通信はNTTドコモとの「レイヤー2接続」を2009年3月16日に完了させた。レイヤー2接続とは,MVNOが移動体通信事業者の網と接続する方式の一つである。

 日本通信は,このレイヤー2接続をMVNO事業の“本命”と位置付ける。これまでのレイヤー3接続と比べて,MVNOにおけるサービス設計の自由度が圧倒的に大きくなるからだ。総務大臣の裁定を仰ぐ結果となったNTTドコモとの紛争も,NTTドコモがレイヤー2接続による影響の大きさを警戒したことが発端になった。

 その後,日本通信は2008年8月にNTTドコモとレイヤー3接続を開始したが,これはあくまで3G(第3世代携帯電話)のサービスをいち早く展開するための手段に過ぎなかった(図1左)。最初の相互接続の申し込みから2年4カ月弱の歳月を経てようやくこぎつけたレイヤー2接続こそが,本来の目的だったのだ。

図1●MVNO市場はいよいよ拡大期へ<br>NTTドコモは2009年3月,レイヤー2接続を開始した。日本通信との相互接続紛争に基づく2007年11月の総務大臣裁定を受けてから1年以上を経て,ようやく実現した。これにより,MVNOは新たな付加価値を打ち出しやすくなった。借りる設備の対象も携帯電話に加え,モバイルWiMAXや次世代PHSに広がる。
図1●MVNO市場はいよいよ拡大期へ
NTTドコモは2009年3月,レイヤー2接続を開始した。日本通信との相互接続紛争に基づく2007年11月の総務大臣裁定を受けてから1年以上を経て,ようやく実現した。これにより,MVNOは新たな付加価値を打ち出しやすくなった。借りる設備の対象も携帯電話に加え,モバイルWiMAXや次世代PHSに広がる。
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 レイヤー2接続の解禁によってMVNOは,従来のレイヤー3接続では一部制約があった認証やIPアドレスの割り当て,セッション管理を自由に制御できるようになる。特に認証とセッション管理は通信サービスを設計する際の根幹に当たるもので,従来はユーザーの通信をMVNO側で切断することすらできなかった。

これまでにない新サービスも登場

 レイヤー2接続の開始により,MVNOが提供できるサービスは,移動体通信事業者のサービスにまた一歩近付いた。HLR(加入者移動管理情報)や端末認証サポート情報などの面で移動体通信事業者の優位性は残るが,両者の差は大きく縮まった。アイデア次第では,既存の移動体通信事業者がこれまで提供していないサービスを生み出すことも可能である。

 インターネットイニシアティブ(IIJ)が3月に開始したリモート・アクセス・サービス「IIJダイレクトアクセス」は,その好例だ。HSDPA(high speed downlink packet access)のデータ通信カードにプライベート・アドレスを割り当てることで,閉域網並みのセキュリティを確保したリモート・アクセス環境を安価に構築できる。このようなサービスは従来のレイヤー3接続では実現できなかったもので,「インターネット接続回線を組み合わせることで低価格化を実現したサービスは,どの事業者もまだ提供していない」(営業本部 マーケティング企画開発部の青山直継主任)と胸を張る。

 レイヤー2接続はサービス設計の自由度が高くなる分,MVNOには一定の投資と高度なスキルが要求される。実際に利用するプレーヤは限られるだろう。ただ,日本通信やIIJは自らサービスを提供する一方で,ほかのプレーヤのMVNOへの参入を支援するMVNE事業も展開している。日本通信は「MVNOの新規参入に向けて協議している企業が70社以上ある」(福田尚久・常務取締役CMO兼CFO)とする。多くのMVNOは,このMVNEを通じてレイヤー2接続の恩恵を受けることになる。

通信量が少なければ固定よりも安い

 レイヤー2接続によって,新サービスや利用シーンの拡大が期待できる分野は主に三つある(図1右)。(1)企業によるモバイル利用,(2)様々な通信手段を融合させたサービス,(3)物と物をつなぐ“MtoM(machine to machine)”である。

 最も広がりを期待できるのは,(3)のMtoM分野。日本通信の三田聖二社長は「各種の機器に対して,無線通信を部品として提供できる」と話す。対象機器は,ノート・パソコンやスマートフォンだけでなく,携帯ゲーム機,携帯音楽プレーヤ,電子書籍,自動車,計測器,自動販売機,キオスク端末など多岐にわたる。無線通信の機能を自社製品に組み込んでユーザー向けの付加価値サービスとして提供するケースもあれば,自社で管理する設備に搭載して業務の効率化やコスト削減につなげるケースもある。

 無線通信の対象は,移動するものだけでなく,固定端末であってもいい。「トラフィックが少ない場合は,固定回線よりも無線通信の方が通信コストは安くなる」(日本通信の福田常務取締役)。日本通信の米国の子会社は,銀行のATM(現金自動預け払い機)とセンターを3Gのネットワークでつないだ実績があり,「入出金情報を送受信するだけなので,月額料金は数~十数ドル。これに対して固定回線の場合は,ダイヤルアップ接続でも月額50~60ドルかかるので大幅なコスト削減につながる」(同)という。