1. 申請者が承認者を選ぶことで,業務の流れと承認ルートを一致させた
2. グループ会社を含め1人に一つの新IDを実現するための調整作業が難航した
3. FeliCaカードを使って,扱いやすく安全なID認証の仕組みを導入した

 「どう考えても,こうするよりほかに手立ては無い」「どうしたら,業務部門やグループ企業の理解を得られるのか」──。

 2007年春,工作機械メーカーのアマダでは,社内システムへのログイン用IDを申請・認証するシステムの構築が始まっていた。しかしプロジェクト内のリーダーの1人,大野 実氏(ICTシステム部 オープンシステムグループ リーダー)は,頭を抱えていた。使いやすく,セキュリティ・レベルも高いIDシステムを作ろうと意気込んだものの「一般的なID管理の仕組みでシステム化したのでは実態と合わない。組織間の調整も多すぎる」(大野氏)と感じていたからだ。開発メンバーは何度も挫折しそうになっていた。以下,それらの問題をどう解決し,構築を成し遂げたのか,同社の軌跡を見ていこう。

初期コンセプトを全面見直しせよ

 同社のID管理の課題を整理すると四つある(図1)。(1)IDを申請して取得する処理がシステム化されていない,(2)業務システムごとに異なるIDが発行される,(3)海外から業務システムを使えない場合がある,(4)利用者のID管理に甘さが目立つ,である。

図1●IDシステムを整備するための四つの課題と,導入したIDシステム<br>アマダでは1人がいくつものIDを持ち,管理が甘くなるという課題があったので,IDを統合するとともにFeliCaカードを使ったIDシステムを導入した
図1●IDシステムを整備するための四つの課題と,導入したIDシステム
アマダでは1人がいくつものIDを持ち,管理が甘くなるという課題があったので,IDを統合するとともにFeliCaカードを使ったIDシステムを導入した
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 IDシステムの構築を主導したのは,同社のホスト・アプリケーションを再構築するプロジェクトで基盤を担当した大野氏のグループ。Webシステム向けのユーザー認証機構を中核に,まずは(1)を解決すべく,ID申請システムの開発に取り組んだ。

 しかし開発の初期段階で,いきなり大きな壁にぶちあたった。グループ・リーダー会議の席で,「システムのコンセプトが却下され,全面見直しになってしまった」(大野氏)のだ。

 大野氏が提案したのは,組織図に基づき申請内容を上司が承認する,一般的なワークフローだった(図2上)。組織図で上司に当たる者が,承認者として機械的に決まる仕組みである。しかし「臨時の社内プロジェクトなど,組織図と業務の流れが一致しない場合に,承認者が可否判断を下せない」「人事データの更新が遅れると,実態に沿った承認者を指定できない」といった問題が指摘された。

図2●ID申請システムの仕組みを,組織図ベースから,申請者ベースに見直した<br>見直した提案では,誰をどのシステムの承認者として申請したのか社員全員が閲覧できるようにし,不適切な承認者を選べないよう歯止めをかけた
図2●ID申請システムの仕組みを,組織図ベースから,申請者ベースに見直した
見直した提案では,誰をどのシステムの承認者として申請したのか社員全員が閲覧できるようにし,不適切な承認者を選べないよう歯止めをかけた
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 これらの問題を解消するため,大野氏のグループはID管理製品や他社事例について調査した。しかし,解決の糸口が見つからない。数日後,「現場の状況を最もよく分かっているのは申請者本人だ。申請者が承認者を選ぶ方法なら,実情に合う承認フローの仕組みを実現できるはずだ」(ICTシステム部長 武尾 清氏)との助言を受けて,発想を変えることにした。つまり,組織図ではなく,申請者自身が業務の流れに沿った承認者を指定し,承認依頼通知メールを送るようにしたのだ(図2下)。こうすれば「承認者も可否判断が下せるし,人事データの同期が遅れても問題ない」(大野氏)。

 独自な仕組みだけに,市販のID管理製品は使えず自社で開発するしかない。テスト段階では,使い勝手の悪さが指摘され,権限の追加・変更と削除を色分けする修正があった。2007年秋,ID申請システムがようやく稼働開始した。