2008年7月にiPhone 3Gが発売されてから約1年。2009年6月26日から,新しい端末であるiPhone 3G Sが発売される。世界規模でいっせいに発売する手法や,1年ぶりに新製品を出す手法は,これまでのケータイ・ビジネスでは考えにくいことだ。アップルは,iPhoneでケータイ・ビジネスを大きく変えつつある。

キャリアの意向ばかりを気にするメーカー

 iPhoneは,これまでの携帯電話業界の慣習をことごとく変えてしまった新しい携帯端末だ。

 程度の差はあるが,これまでは日本でも海外でも,携帯端末メーカーと携帯キャリアのうち,力を持っているのはキャリア側だった。メーカーはキャリアに気に入ってもらえるような端末を作る必要があった。日本は,特にこの傾向が強い。キャリアが「この商戦にはワンセグ機能」といえば「ワンセグ機能」を強化し,「この商戦には音楽機能」といえば「音楽機能」に注力する。このコンテクストの中で,各社が得意分野を生かして小さな差別化を図る。こうした状況が長く続くうちに,日本メーカーは,本当に顧客(エンドユーザー)のことを考えて製品を作る機会をどんどんなくしてしまった。

 これは非常に残念なことだ。ケータイはあらゆるデジタル機器の中で,唯一誰もが持ち歩く端末であり,今後は家電製品との連携がますます重要になってくる。本来なら各メーカーは,自社の得意分野を軸足に,未来のライフスタイルや世界観を提案すべきだ。そして,その世界観を起点に,最も訴求力のある携帯電話を開発してエンドユーザーへ提案していくべき姿である。

 ところが携帯端末メーカーは,気がつけば「それではキャリアさんが買ってくれない」とか「キャリアさんに頼まれた機能を付けなければならない」と,キャリアの意向ばかりを気にしてしまっていた。メーカーが端末を販売する相手はキャリアであり,キャリアがエンドユーザーに端末を販売する形態が,原因の1つでもあった。

徹底した顧客志向の端末づくり

図1●アップルは顧客を向いた製品づくりを実践
図1●アップルは顧客を向いた製品づくりを実践
キャリアではなく顧客ニーズを考えてiPhoneをつくった結果,キャリアが必死にアップルとの提携を申し込むという新しい構図が生まれた。
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 そこに突如,iPhoneが登場する。iPhoneは,米アップルが描く「デジタルライフスタイル」像を,アップルらしい優れた工業デザインと卓越したソフトウエア技術で体現した端末だった。「iPodに慣れ親しんだ人々」に最大限の訴求力を発揮するように作られた顧客指向の製品でもある。

 2007年1月にiPhoneが発表されると,新聞が,テレビが,雑誌が,そして世界中のブログが,このiPhoneに飛びついた。その後は,世界中のキャリアが,メーカーであるアップルに,iPhoneの販売権を求めて交渉を申し込むようになる。iPhoneは,徹底した顧客指向を出発点としたことで,キャリアとメーカーの力関係を逆転させてしまった,あるいは本来あるべき構図に戻してしまったのだ(図1)。

 なおアップルは,顧客がどんな製品を求めているかを常に模索し,神経を研ぎすませている会社である。同社がキャリアとiPhoneの販売契約を結ぶ際に,重要なポイントの1つになっているのが,iPhoneのサポートや補修サービスだ。これまでの携帯端末はキャリア側でサポートしてきたが,iPhoneはアップルがサポートを請け負って,2年分の追加保証をパッケージの形で販売もしている。

 もっともアップルは,このサポートでただ儲けたいわけではない。製品サポートの中にこそ,製品の問題点や,顧客がどのような点を問題と感じているかといった製品開発のヒントが隠されている。アップルは以前から,サポートから得られるこれらの情報を重視してきた。

 アップルは「アップルストア」直営店で,顧客からのどんな質問にも答え,1対1で使い方を教えたりする「ジーニアスバー」のサービスを展開している。これは,自社の中枢に常に顧客感覚を吸い上げる仕組みを用意しておくためだ。アップルのこうしたものづくりの姿勢は,携帯端末だけでなく,あらゆる製品作りにおいて学べるところがあるはずだ。