2009年になった今,64ビット技術がセキュリティとパフォーマンスにメリットをもたらすことは間違いない。それなのに,なぜ64ビット環境への移行にこれほど時間がかかっているのだろうか。

 筆者はかなり昔からパソコンに関係してきたので,米Zilogの「Z80」などの8ビット・プロセッサから米Intelの「80286」といった16ビット・プロセッサ,米Motorolaの「PowerPC」のような32ビット・プロセッサへの移行を見てきた。いずれの移行段階でも,ユーザーはこれらの新しいプロセッサに飛びついた。移行することでパフォーマンス向上と使用可能メモリー拡大というメリットが得られることが,はっきり分かっていたからだ。

じんわりとしか進まない64ビット環境への移行

 ところが,64ビット・アーキテクチャのx64系ハードウエアと64ビット版Windowsへの移行は,これまでと違ってなかなか進んでいない。64ビット環境になれば拡張性とセキュリティが高まるのは明らかなのだが,実際の移行には結びついていない。例えばメッセージング/コラボレーション・サーバーの現行版「Exchange Server 2007」と次期版「Exchange Server 2010」は,極めて大きなサイズのExtensible Storage Engine(ESE)サイズを確保して余裕を持たせるとディスクI/Oを減らせるので,64ビット化で増えるアドレス空間を有効活用できる。

 64ビットに移行しない理由の1つは,64ビット環境で経済的メリットを得られるのは特定のアプリケーション・サーバーに限られることだ。これは確かに一理あるが,残念ながらその行く手には大きな落とし穴が待っている。Microsoftの次期メッセージング・サーバー製品である「Exchange 2010」には32ビット版が存在しないのだ。テスト用としてすら提供されない。MicrosoftはExchange Teamのブログ記事「Is there a 32-bit version of Exchange 2010?」(Exchange 2010に32ビット版はあるのか?)でこのことを明らかにした。

 32ビット版Exchangeは,テストやデモ用の環境を構築する際によく使われるバージョンである。ただし,Exchange 2010を使いたければ,64ビット対応ハードウエアとOSを用意しなければならない。各種ハードウエアやノート・パソコン,その他リソースに対する新たな投資が必要かもしれないが,避ける方法はない。一度64ビット環境を使ったら,32ビット環境に戻ることはないだろう。

管理ツールも64ビット版のみ

 「まだ32ビット版は必要」とこの方針に反対するユーザーもいる。こうした反対意見は正しいのだろうか。

 正しいかどうかは,Exchangeのどのコンポーネントを念頭に置いた意見かによって異なる(もっとも,どのコンポーネントも同じソース・コードから作られているのだが)。例えば,Exchangeの管理作業を32ビット版のパソコンから実行する必要のあるユーザーがいるはずだ。Exchange 2007までなら,ワークステーションに管理ツールをインストールして作業できた。ところが,Exchange 2010には32ビット版の管理ツールもないので,同じ方法は使えない。

 幸いなことに,この問題に関しては以下のような代替手段や問題回避策がある。

  • Exchange 2010は「Windows PowerShell」の遠隔操作に完全対応している。そのため,リモート・マシンにログオンしてPowerShellと「Exchange Management Shell(EMS)」を使えば管理できる。この方法は,別組織のExchange管理にも使える。例えば,筆者が職場で起動したPowerShellから自宅にあるExchangeを遠隔管理することも可能だ(PowerShellマニアでないと,この機能の素晴らしさは理解できないかもしれない)。
  • Exchange 2010に新規搭載されるロール・ベースのアクセス制御(RBAC)機能は,管理者に付与するアクセス制御権を非常に細かく設定できる。使用可能なEMSコマンドに加え「Exchange Management Console(EMC)」の機能を指定できるうえ,パラメータやスイッチの使用権限も制御可能だ。これだけ多彩な設定が可能なので,ユーザーの役割に合わせた権限適用が非常に行いやすくなる。
  • EMCに用意されている管理用機能の多くは新機能であるWebベースの「Exchange Control Panel(ECP)」にも存在しており,「Outlook Web Access(OWA)」の動くパソコンならどこからでも使える。つまり,Windows以外の環境でも管理できる。
  • RDPでExchange用サーバーにログオンして作業する方法も,問題なく実行可能である。

 よい解決策の見つからない状況がある。それは,EMCだけでユーザー管理/プロビジョニング作業をするヘルプデスク業務だ。この種の作業は遠隔地からPowerShellを使って行えるものの,ECP経由では処理できない。こうした使い方をするユーザーには,Webベースのプロビジョニング・ツールが最適な解決策なのだろう。

関連記事:

・「Exchange Server 2010 Beta Tips」(「Exchange Server 2010ベータ版の豆知識」)
・「A First Look at Exchange 2010」(「Exchange 2010の概要」)
・「Exchange 2010:Problems, Problems, Problems」(「問題だらけのExchange 2010」)
・「Q. Will I be able to perform an in-place upgrade from Exchange 2007 to Exchange 2010?」(「Exchange 2007からExchange 2010への上書きアップグレードは可能か?」)
・「Q. Is SAN storage supported in Microsoft Exchange Server 2010?」(「Exchange Server 2010はSANストレージに対応するのか?」)

■変更履歴
公開当初は4段落目の最後でMotorolaのExchange Teamの情報としていましたが,正しくはMicrosoftのExchange Teamの情報です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2009/06/16 13:35]