「100年に一度の大不況」と言われる状況の中で,製造業のトップから「これまでのビジネスモデルでは対応できない」といった言葉が聞かれるようになった。例えば,円高が進んで日本で生産した製品を輸出する事業が成り立ちにくくなったり,世界的な需要の落ち込みによって日本で開発した単一機種の製品を世界で同時立ち上げするモデルが通用しなくなってきたのである。もちろん,日本の強みは日本国内で培ったものづくり能力であるが,それを活かしたうえで「日本発」の発想からいかに脱却するかが求められている。

 中でも印象的だったのは,シャープ代表取締役社長の片山幹雄氏が,この4月8日に開いた経営戦略説明会で,中長期的な考え方として,「日本からの輸出はもはや,最先端の産業であっても困難な状況であるという認識に立って,従来のオペレーションを抜本的に見直していきたい」と発言したことである(シャープの広報サイト)。

「秘伝のたれ」を「売る」

 「見直し」によって,同社が中長期的に目指すとしたビジネスモデルが「エンジニアリング事業」というものだ。生産した商品を売るのではなく,同社が長年培ってきた独自のノウハウを有する生産技術そのものを「売る」。

 それは例えば,液晶パネルや太陽電池の生産技術であり,同社がこれまで「秘伝のたれ」と表現してきたものである。その門外不出だった生産技術をローカルメーカーとの合弁企業に提供し,対価をイニシャルペイメント,ロイヤリティーや配当などの形で受け取る。同社の出資比率はマイノリティであり,出資金に相当するイニシャルペイメントを受け取って,初期投資額を実質ゼロにする計画だ(Tech-On!関連記事)。

 同事業の第一弾として片山氏が挙げたのがイタリアの電力会社Enel社などとの合弁会社における太陽電池の生産であり(Tech-On!関連記事1),Tech-On!関連記事2),続いて,液晶パネルについても同事業に基づく海外展開を進めていくという(Tech-On!関連記事)。

変わる「垂直統合モデル」

 「エンジニアリング事業モデル」を推進するということは,同社が亀山工場などで進めてきた「垂直統合モデル」からの転換を意味する。片山氏は戦略説明会の質疑応答で,「従来とは違うビジネス・モデルを展開する以上,従来の垂直統合型とは違うモデルになる」と述べた(Tech-On!の関連記事)。

 もっとも,大型液晶パネルとテレビの垂直統合モデルという点では,同社のモデルはすでに変化してきており,水平分業モデルに向かっていたとも言える。2006年には第8世代の液晶パネルを生産する亀山第2工場を稼動したが,そこでは自社のテレビ向けを中心としつつも,外販比率を徐々に高めてきたからだ。続いて,2009年10月に稼動が前倒しになった大阪府堺市に建設中の第10世代の液晶パネル工場では,外販をさらに本格化すると発表していた。巨大な供給能力を持つ堺工場を安定稼動させるためで,ソニーとの合弁会社構想もその一環である。

 今回同社が発表したエンジニアリング事業は,提携した合弁企業がさらに大規模にパネルを外販するという面では,液晶パネルとテレビの垂直統合モデルから水平分業モデル化をさらに促進するものだ。それに加えて,今回の新事業が意味するのは,部品・材料・装置メーカーとの垂直統合的なモデルが変わる可能性があるということである。片山氏は経営戦略説明会で,「部材の調達から生産・販売といった一連のバリューチェーンを消費地域内で完結させる『地産地消』を進めて行く」と語る。これは,海外の合弁企業では,日本の部材や装置メーカーは,現地メーカーとの競争にさらされることを意味していると見られる。

競争力の源泉としての「マザー工場」

 そこで,鍵を握るのが「マザー工場」の役割だ。同社は,堺工場のように最先端の先端技術を持つ工場を「マザー工場」とし,「徹底的にものづくりを極め」(片山氏)て,そこで培ったコア技術をエンジニアリング事業に乗せて地産地消でグローバルに展開していく,としている。マザー工場では,これまで通り日本の部材・装置メーカーはシャープと共同で垂直統合的にものづくり力を磨くことになる。そこで培った技術を活かして,日本の部材・装置メーカーも,グローバルな世界で生き残る道を探ることになるだろう。

 「マザー工場」は競争力の源泉である。日本の製造業のものづくり能力を結集したものだからこそ,他国がなかなか真似ができない最先端技術を開発でき,だからこそ合弁のパートナーは,イニシャルペイメントやロイヤリティーを支払う。つまり,このモデルを持続するには,日本国内で高い技術を生み出すものづくり能力を今後も維持すると共に,いかに技術流出を抑えるかがポイントになる。片山氏は,「アライアンス先の選定と関係強化,工場のオペレーションを当社が担うことなどを検討して,技術流出を防いでいきたい」と語る。

「水平分業」で勝つには

 「エンジニアリング事業」が持つもう一つの重要な側面は,新興国市場へのアクセスを容易にする点である。今後薄型テレビの大きな伸びが期待される新興国市場でビジネスを拡大するためには,基幹部品である液晶パネルを低コストで大量生産できる体制を確立する必要がある。この分野で攻勢をかけてきているのが,台湾のパネルメーカーであった。新興国市場で求められるローエンドな領域では特に,液晶パネルと画像処理LSIという基幹部品を外部から購入して組み合わせて液晶テレビを設計・製造するモジュール化と水平分業モデルが優位になってきており,台湾メーカーはそれに乗って成長してきたのである(関連する以前のコラム)。

 今後,新興国市場では,同社の提携した合弁企業からのパネルと台湾メーカーのパネルが熾烈な競争を繰り広げることになるだろう。その際に武器となるのは,繰り返しになるが,マザー工場で培った高度な生産技術である。

 台湾メーカーは,モジュール化と水平分業化の波に乗って躍進したと述べたが,彼らは液晶テレビという製品のモジュール化(液晶パネルや画像処理LSIが標準化して外販されることによって進む)だけでなく,液晶パネルそのものが「モジュール化」する現象を利用してうまくキャッチアップしてきた。液晶パネルなどのプロセス型の製品では,日本メーカーなどの先行者のノウハウが入った装置が外販されることによってモジュール化が進む。このため,エンジニアリング事業を進める日本サイドとしては,製品のモジュール化はうまく利用しても,基幹部品そのもののモジュール化はできる限り抑えることが重要になる。

 台湾や韓国メーカーなどとの競合の場面では,こうしたモジュール化に伴う技術流出の問題以外でも,日本メーカーにとっては煮え湯を飲まされてきたという思いがあるようだ。片山氏は前述の記者会見で「液晶パネルなどを自国内で生産して世界中に販売する事業モデルでは,競争環境として,人件費,国の補助金,為替など,われわれは相当のハンディ・キャップを抱えていた。こうしたハンディ・キャップを抱えながらも,高い生産技術で戦ってきたという自負がある。ただし,この結果が,今回の業績の悪化につながっている。 われわれは,競争環境が同じならば,技術力によって海外の競合企業に打ち勝てると考えている。このためには,自ら世界に打って出る必要がある」と語った(Tech-On!の関連記事)。

 悔しさのにじむ発言である。同氏の言う「ハンディ・キャップ」のうち,特に為替面が円高になって突出したために今回の方針転換につながったとも言えるだろう。ただ,裏を返すと,これまでは比較的円安に触れていたために,「自ら世界に売って出」なくともなんとかなっていたとも言えるのではないだろうか。