ユーザーにヒアリングをしていると「取引先」「顧客」といった,似た意味を持つ言葉が複数出てくることが少なくない。認識のズレを防ぐ第一歩は,言葉の定義を明確にすることである。福音館書店の情報システム部門にいる元村憲一さん(総務部 電算課)は,定義を明確にすることによる効果を体験した1人だ。

 新システムの仕様をまとめる立場にあった元村さんは,ユーザー(業務部門の担当者)へのヒアリングで,「書籍の著者は印税を受け取る権利者になる」という話を聞いた。ユーザーの話から,著者と権利者はなんらかの関係があることはつかめた。だが具体的に著者と権利者がどのような関係になっているかは分からない。

 この場合,著者と権利者の関係は四つのパターンがある。

A. 著者と権利者が一部重なっている

B. 著者が権利者を含んでいる

C. 権利者が著者を含んでいる

D. 著者と権利者が一致している

 このどれに当たるのかを見極めるため,元村さんは「すべての著者が権利者なのですか」「権利者の中には著者でない人も含まれるのですか」とユーザーに,“詰めの質問”をした(図1)。

図1●言葉の定義を見極めることで認識のズレをなくせた例<br>福音館書店の元村憲一さんは,ユーザーが話した内容のうちで,著者と権利者の関係に着目してユーザーに質問することで,書籍の印税を受け取る権利者を明確にすることができた
図1●言葉の定義を見極めることで認識のズレをなくせた例
福音館書店の元村憲一さんは,ユーザーが話した内容のうちで,著者と権利者の関係に着目してユーザーに質問することで,書籍の印税を受け取る権利者を明確にすることができた
[画像のクリックで拡大表示]

 ユーザーの回答から分かったのは,Aのパターンであるということだった。「印税を受け取る権利を持たない著者が中にはいる」ことや「著者以外に印税を受け取る権利を持つ人がいる」ことが詰めの質問によって明らかにできた。「著者と権利者の関係を確認せずにシステムを開発したら,印税を受け取れるはずの人に,印税が支払われないようなシステムになっていただろう」と,元村氏は胸をなでおろす。

 元村さんは質問をする際,「二つの言葉が出てきたとき,五つのパターンのどれになるかを考えながら質問する」というノウハウを参考にした。五つのパターンとは,著者と権利者の関係を例に挙げると,前出のA~Dの四つのパターンに「E.著者と権利者は一切重ならない」を加えたものだ。このノウハウはシステム開発のコンサルティングを手がけるエス・ディ・アイの佐藤正美さん(代表取締役)が現場で実践しているもの。五つのパターンのどれになるのかを考えながら質問すると,言葉の定義を明らかにできる。