池末 成明/監査法人トーマツ TMTグループ シニアマネジャー

今回は,世界の携帯電話事業者のブロードバンド・ビジネスが抱える課題を提案した上で,キロバイト程度の小容量データ通信こそ世界の携帯電話市場のキラー・アプリケーションであることを述べる。日本においては,“モバイルVAN”としてのMVNOが安定した経済成長をもたらす可能性を示す。

(日経コミュニケーション編集部)

 2008年,モバイル・ブロードバンドは海外の携帯電話事業者のサービスとして最も急成長したサービスだ。同サービス用のUSBドングルの販売個数は,2008年に全世界で月間400万を超えた。2009年には,この不況下でも倍増しそうだという。さらに大手パソコン・メーカー各社はモバイル・ブロードバンド接続機能を内蔵したパソコンを販売。その出荷台数は今後も高い伸びが続きそうだ。

投資がかさむモバイルBB

 世界のモバイル・ブロードバンドの需要は,不況下でも堅調に推移していくと思われるが,実はこの需要がネットワークに高負荷をかける。たとえば,世界の携帯電話事業者のバックホールの帯域は,専用線で2Mビット/秒が主流だが,モバイル・ブロードバンドの最大伝送速度は7.2Mビット/秒(現行のHSDPAサービスの例)である。この速度差に対応するため,携帯電話事業者は何百億米ドルもの追加投資が必要になるという。

 現在でも,携帯電話事業者のバックホールに対する支出は,営業費用の30%前後を占めており,専用線だけでも世界全体で年間推定200億米ドルも使っている。モバイル・ブロードバンドの普及率が高い国々の携帯電話事業者は,集中するトラフィックに対処するため,バックホールにさらに多くの容量を確保しなければならない。

 一方,海外の携帯電話事業者のデータ通信では,定額料金の利用者が増加している。この定額制がモバイル・ブロードバンドの成長をけん引してきたが,携帯電話事業者は急拡大するデータ通信量を収益化できない状況に陥っている。

 モバイル・ブロードバンド・ユーザーの一人分のトラフィックは,音声の千人分に匹敵するとのデータもある。データ・トラフィックが生み出す収入は1Mビット当たり1~2セントにすぎないが,音声通話は同じデータ容量で60セント前後の課金ができる。

 こうした状況でエリアを広げながらも投資を抑える方法として,ネットワークの共有促進が考えられる。ネットワーク共有化は,中期的に追加帯域の取得コストを抑えるのに役立つ。これはMNO(移動体通信事業者)によるMVNO(仮想移動体通信事業者)にほかならない。この場合のMVNOは,鉄道やバスの共同運行や航空会社の共同運航(コード・シェア)と同様のモデルである。日本でもMNO同士の“コード・シェア”の動きがある。なお,テレコムサービス協会のMVNO協議会はこの動きに反対している。

“モバイルVAN”が多様性を生む

 モバイル・データ通信の収益を改善するサービスとしては,従量課金によるナローバンドのモバイル・データ通信の促進も挙げられる。実際,これまで通信セクターで最も成功したアプリケーション・サービスの一つは,トラフィックをあまり使わないテキスト・メッセージ・サービスである。このサービスの市場は,現在でも世界の音楽産業全体の総売上高よりも大きいという米国の報道もある。

 筆者は,帯域が数十kビット/秒程度のナローバンドのモバイル・データ通信が,日本のモバイル・ビジネスを急成長させると考えている。かつて,電話会社以外の事業者が運用するVAN(付加価値通信網,value added network)が自由化された際,日本の固定データ通信ビジネスは成長した。歴史は繰り返すと言うが,MVNOが運用するナローバンドの“モバイルVAN”が,モバイル・データ通信ビジネスを育てるだろう。