八子 知礼/デロイト トーマツ コンサルティング シニアマネジャー

今回は,最近,世界的に存在感を増しつつあるスマートフォンについて,世界のトレンドと予測を述べた上で,日本の現状と対比しながら日本のスマートフォン市場の進路を述べる。市場環境の厳しさから,各国の通信事業者がこれまでの拡販政策を維持することが難しい中,日本企業が採るべき道は何か。

(日経コミュニケーション編集部)

 スマートフォンは,強力なプロセッサ,オープンOS,大容量メモリを搭載し,ユーザーが自由にアプリケーションを追加できるパソコンのような機能を備えた大画面の多機能携帯電話である。世界的な需要の伸びはここ数年,他の携帯電話を上回って推移している。通信業界にとって,スマートフォンは携帯電話の概念や活用,収益性を根底から覆す存在と位置付けられており,期待も大きい。スマートフォンは,利用者に音声だけでなく,データ通信を大いに活用してもらう手段であり,機器の平均小売価格の引き上げにも貢献すると考えられていたからである。

伸びが低下する恐れも

 2008年の世界の携帯電話市場は10%増だったが,スマートフォンの出荷台数はこれを上回る伸びを示した。米アップルの第3四半期のiPhone出荷だけを例にとっても,240万台,対前年比で約35%増加したと考えられる。しかし2009年は景気減速により,スマートフォンの伸びが低下する恐れがある。

 この背景には,各国の携帯電話事業者の販売施策の変化がある。景気悪化を理由に,事業者は大幅なコスト削減に動くと見られている。各国の事業者は合計で毎年数百億ドルもの端末販売奨励金(注:販売奨励金は日本だけの商慣習ではない)を負担しているが,その徹底的な精査が予想される。

 特に,専用プラットフォームをベースにカメラ機能やWebアクセスを可能とする高機能携帯電話(以下フィーチャーフォン)と比較した場合,スマートフォンは2倍のコストがかかっているとされる。既にスマートフォンが事業者の収益性を低下させているとも言われており,販売奨励金削減の最初のターゲットになる可能性が高い。例えば米AT&Tモビリティは,iPhoneの販売に際し,1台当たり375米ドルの販売奨励金を負担している。同社の2008年第3四半期決算報告では,これが利益を押し下げた要因になったとしている。

“フィーチャーフォン”が復活?

 各国の携帯電話事業者の中には,消費者向け市場でスマートフォンをフィーチャーフォンに置き換える動きも出るだろう。実際,英国の携帯電話市場では,フィーチャーフォンの販売優遇策を採用する事業者が登場。O2やオレンジが,フィンランド ノキアの「N92」をはじめとするフィーチャーフォンを,月額75ポンド(約1万円)という通常の倍近い料金での契約であれば,無料で販売するとしている。

 2009年は,既存のスマートフォン利用者の新規契約需要も鈍化すると見られている。スマートフォンの価格は平均的な端末価格に比べて高いため,多くの高価格・高機能の携帯電話と同じく契約期間が18カ月以上と長いなど,契約に縛りがある。よって,2008年に加入契約を結んだ既存のスマートフォンの利用者は,2010年まで端末を買い替えられないことになる。

データ通信の伸びに奨励金が影響

 もちろん,販売奨励金モデルが2009年に消えてしまうことはないだろう。ただ,各国の事業者は利益率を確保するため,スマートフォンの販売奨励金をこれまで以上に“スマート”に使うようになると考えられる。

 実際,事業者はスマートフォンの販売奨励金削減には,慎重にならざるを得ない状況にある。削減が必ずしも利益率の改善につながらないからだ。例えば日本では,2008年度に販売奨励金モデルを大きく変更したNTTドコモとKDDIはいずれも減収だが増益を達成した。ところが減収要因である端末販売台数の落ち込みを補ったのは,増益要因である販売奨励金の削減だけでなく,むしろ端末調達費用の低減努力などが大きかったのが実態である(2009年3月期第3四半期決算発表資料)。

 さらに販売奨励金の削減によって,高ARPU(average revenue per user)を得るためのデータ・トラフィックの伸びを抑えることにもなりかねない。米ベンチャー・ビートが2008年9月に伝えたレポートでは,米国ではスマートフォンがモバイル・データ・トラフィックの25%以上を占めるまでになっているという。すなわちスマートフォンの出荷台数の伸びを抑える可能性がある販売奨励金削減は,こうしたデータ・トラフィックの伸びにも影響を与えかねないことになる。