エノテック・コンサルティングCEO 海部 美知 エノテック・コンサルティングCEO
海部 美知

 4月の初め,ラスベガスにおいて米国携帯電話業界最大の展示会「CTIA WIRELESS 2009」が開催された。世界的不況の中,参加者数も展示や宣伝の様子も,地味で静かなイベントとなった。この地味さは一時的なものではなく,米国携帯電話業界の長期的なトレンドの反映でもある。

 1990年代,米国は携帯電話の先進国であり,通信事業者とベンダーが一堂に会するCTIAは実質的な商売の場として活況を呈していた。しかし,通信事業者とベンダーそれぞれの統合が進んで,プレーヤ数が大きく減った。また世界の携帯市場の軸がGSM圏の中心に位置する欧州に移った。

 そして特に今回顕著だったのが,本来なら主役となるべき大物プレーヤの「欠席」と,そこに見られる携帯電話業界の「2極化」という現象だ。

“譜代”より存在感を示す“外様”

 大物欠席者とは,米アップルと米グーグルの2社である。現在,米国の携帯電話業界の話題は,引き続きスマートフォンであり,「iPhone」と「Android」が台風の目である。しかし,携帯業界の“外様”のベンダーであるアップルとグーグルは,例年通りブースを出さず,講演にも登場しなかった。

 一方,通信事業者と親密な関係を持つ“譜代”と言えるのは,BlackBerryを擁するカナダのリサーチ・イン・モーション(RIM)である。CEOが基調講演に登場したり,ブースを出したりして人気を集めていた。

 通信事業者と“譜代”はチームとして,通信事業者主導でインフラからアプリ・コンテンツまで提供する従来型「垂直統合」モデルを指向する。一方,ネット大手でもある“外様”は,「自分達は上位レイヤー担当,通信事業者はインフラだけを担当してほしい」という立場である。“外様”は近年力を付けてきて,今年はついにその主役が交代し,“外様”が主導権を握った感がある。

旧来型モデルも悪くはない

 しかし,だからといって通信事業者の商売がダメになったわけではない。

 基調講演に登場したベライゾン・ワイヤレスは,着々とLTE移行を進めている。同社は,優れた特性を持つ700MHz帯で全国一律ネットワークを構築するという意味で,LTEを重視している。こうしたことが可能なのは,従来型モデルでしっかりもうけて次世代インフラにつぎ込めるからだ。

 一方,新興勢力代表のiPhoneを担ぐAT&Tは,iPhoneのデータ・トラフィックが重荷になっている。Wi-Fi事業者の米ウェイポートを買収するなど,収益確保のため固定網にトラフィックを追い出す作戦を進めているようだ。

 今回のCTIAではっきり見えたのは,上位レイヤー部分では“外様”の存在感が増す一方,通信事業者がこれら新勢力との距離を見計らいつつ,本業の地味な部分で足元を固めようとしている姿だった。急成長期の華やかさはなくなったが,両勢力のせめぎ合いで新しい局面を迎えようとしている米国の携帯業界は,これからが面白い。

海部美知(かいふ・みち)
エノテック・コンサルティングCEO
 NTTと米国の携帯電話ベンチャNextWaveを経て,1998年から通信・IT分野の経営コンサルティングを行っている。シリコン・バレー在住。
 CTIAが開催されたラスベガスは,不動産バブル崩壊の直撃を受けた場所のひとつ。バブル崩壊前の数年は,宅地開発が相次ぎ,転売目的で購入する人が多かった。それが止んだ今回は,ホテル代が驚くほど安く済んだ。ホテルのカジノもいつもより騒音が少なく,ありがたかった。