トヨタ自動車の渡辺捷昭社長の講演で、実にトヨタらしい発言をうかがった。「世の中には無駄な仕事というものは無いのです」。こう言われて、どんな仕事にもどこかに価値があるものだと甘い考えを持ったらいけない。その後に続く言葉は、「仕事か無駄かのどちらかしかないのです」

 これが一貫しているトヨタの経営思想だ。

 「かんばん」や「アンドン」に象徴されるJIT(ジャスト・イン・タイム)のトヨタ生産方式や現地現物の考え方、カイゼン、ムダ取り、どれをとってもどの企業のどのフェーズでも適用することができる。経営とIT(情報技術)にかかわる前向きで楽しいコスト削減のススメも、トヨタ思想のムダ取りを実践しているのと本質的に変わりはない。

 システムの再構築プロジェクトに並行して、業務プロセス改善プロジェクトを行う際に、システム科学が提唱するHITシステムを採用した。この手法は社長である石橋博史氏が長年かけて蓄積したモノづくりのノウハウをホワイトカラーに転用しようと試行錯誤を重ねて考案された日本生まれの業務改善手法である。

 HITシステムを知ったのは、私がまだ現業部門にいた2000年初秋のころであった。日本経済新聞に公開セミナーの広告があるのが目に留まり、会場の明治記念館(東京・港区)まで聴きに行った。業務のプロセスを極めてシンプルな記号で書き表し、ムダに気づいてプロセス修正をする手法である。

図●現在HITシステムで使われている15種の記号(これで業務プロセスがすべてチャート化できる)
図●現在HITシステムで使われている15種の記号(これで業務プロセスがすべてチャート化できる)
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トヨタ生産方式が体の隅々まで浸透

 製造業における活動基準原価計算(ABC=Activity-Based Costing)を基にした活動基準管理(ABM=Activity-Based Management)の手法も取り入れられていて、細かな改善の積み重ねから改革につなげていこうとする考え方だ。トヨタ生産方式と符合するところが多いと思っていたら、社長の石橋氏は24年間矢崎総業に勤務し工場長や社長室で業務改善担当をされた経験があり、まさにトヨタ生産方式が体の隅々まで浸透している方であった。ちょうど部門でプロセス改善の課題を抱えており、早速石橋社長を訪ねて相談し、部分的な試行をしてみた。業務フローの可視化が容易にできて関係者で共有できるツールは、今までにない新鮮な感動を与えてくれた。

 HITシステムにおけるムダとは以下のようなものだ。トヨタ生産方式の「7つのムダ」ともよく似ている。

・原点のムダ……停滞、運搬、手待ち
・三悪のムダ……重複、転記、確認
・三弱のムダ……弱目的、弱基準、弱可視
・三不のムダ……偏り、過剰、過少
・三無のムダ……無関心、無対話、無改善

 そして「ローコストは、ムダに気づき、ムダ取りできる水準によって決まる」と言っている。ムダに気づくためには可視化が必要だ。石橋社長はホワイトカラーの活動をモノづくりの現場並みに可視化し改善することだと教える。

 私が部門でのHITシステムの適用経験を経営企画部に伝え、マネジャーたちが石橋氏の思想とシステムの手法を学習したのち、全社の業務プロセス改善プロジェクトにも適用性が高いと判断され導入することになった。活動の実態はコンサルタントが入って主導的に整理していくわけではなく、コンサルタントから指導を受けた推進チームが推進役を務め、全員参加型の活動が要求される。やらされているという感覚ではすぐに行き詰まるが、ツールが簡素で誰でも自分の業務フローを容易に可視化できるために弾みがつけやすい。トヨタの現地現物主義が生きている感じがする。