東京農工大学大学院技術経営研究科教授
松下博宣

 「なぜユダヤ人は○○なのか?」――。この問いは,歴史上おびただしい数の言説を生み出してきた。また,ユダヤ・キリスト教の伝統が希薄な日本にも,ユダヤ商法や奇怪な陰謀論の類の本が多数出ていることは不思議である。

 今回は「なぜユダヤ人はインテリジェントなのか?」という問いを立てることにする。ここで言う「インテリジェント」とは,もちろん諜報謀略論としての「インテリジェンスを持つ人」を指す。インテリジェンスとは,「個人,企業,国家の方針,意思決定,将来に影響を及ぼす多様なデータ,情報,知識を収集,分析,管理し,活用すること,ならびにそれらの素養,行動様式,知恵を総合したもの」である。

 さて,「なぜユダヤ人はインテリジェントなのか?」という問いに戻ろう。この問いに対して,人間のエートス(行動様式)を歴史の長きにわたって規定するマインドセットとして宗教をとらえれば,目線は,ユダヤ人にとってのユダヤ教,その経典である旧約聖書に向くことになる。そして,これらがユダヤ人のビジネスにどう影響しているのか,その点に注目してもらいたい。

卓越するユダヤ人

 筆者の周りにはユダヤ人がたくさんいる。ユダヤ人が創設した米国の大学院に通っていたときは,クラスの4分の1くらいがユダヤ系だった。当時住んでいた「Kappa Alpha Society」という学生友愛組織のロッジの近くに,「Young Israel」というユダヤ人の学生寮があり,その筋の集まりやパーティにちょくちょく顔を出していた。かつて在籍していたコンサルティング・ファームにもユダヤ人が多数働いている。筆者が社長を務めていた会社では,ユダヤ人がたくさんいる米国企業とタフな交渉を行い,業務提携をした。そして技術経営や人的資源論の一端を専門としている今,この分野の学者や研究者にもユダヤ人は多い。

 ユダヤ人は,おしなべて努力家で優秀な人々だ。世界のユダヤ人口は1300万~1400万人で,そのうち530万人がイスラエルに,それとほぼ同数がアメリカに住んでいる。アメリカの人口はおよそ3億1500万人だから,ユダヤ人の比率は1.7%程度ということになる。

 だが,その人口構成比とは裏腹に,ビジネス界で活躍するユダヤ人は多い。例を挙げてみよう。ラリー・エリソン(オラクルCEO),マイケル・デル(デル創業者),マイケル・アイズナー(元ウォルト・ディズニー会長),ジョージ・ソロス(投資家),アラン・グリーンスパン(前米連邦準備制度理事会議長),故ピーター・ドラッカー(経営学者),アンディ・グローブ(インテル創業者),スティーブン・スピルバーグ(映画監督),ロナルドとレオナードのローダー兄弟(化粧品エスティローダーの歴代会長)など,そうそうたる顔ぶれである。

 話を単純化して,母親がユダヤ人である人をユダヤ人とする。するとユダヤ系のノーベル受賞者の数は,全体の18%から25%くらいといわれている。人口に比べて,異常に高い比率だ。

 世界の五大宗教であるキリスト教,イスラム教,ヒンズー教,仏教,儒教のうち,ユダヤ人が直接的にキリスト教を構築し,イスラム教の成立にも間接的に影響している。今日の西洋文明を築きあげるにあたって,ユダヤ人は一つの“インテリジェンス・エンジン”の役割を果たしてきたといってもいいだろう。