片山 博之
ガートナー ジャパン リサーチ ディレクター

 景気の不透明感がぬぐえない現在、企業にとってコスト削減は切実な経営課題である。システム関係者は、ITにかかわるムダを排除すると同時に、ITを活用することで業務の効率化を図り、会社全体のコスト削減に寄与することが求められている。
 ここでは、企業がITコストやビジネス・コストの削減に取り組むための考え方や具体的なアプローチ、留意すべき点などを、ガートナー ジャパンでリサーチ ディレクターを務める片山博之氏が3回にわたって解説する。まず今回は、アンケート調査の結果を基に、日本企業が抱えるIT投資の課題を考える。次回からは、同社が提唱する「コスト最適化フレームワーク」に基づいて、具体的なコスト削減策を紹介する。(吉田 琢也=ITpro編集)


 皆さんの中には、「ITコストの削減」が2009年度の至上命題とお考えの方も多いと思います。いまや世界中の多くの企業にとって、ITコストの削減は極めて緊急性の高い経営課題となりました。

 ガートナーが世界のCIO(最高情報責任者)を対象に毎年実施している調査(今年は約1500人が回答)の結果でも、このことがはっきりと裏付けられました。

 「戦略的な優先課題は何か」という質問に対して、2008年の調査では「ITコストの削減」という回答が全体の10番目でしたが、2009年の調査では2位に急浮上したのです。2009年の調査は2008年9~12月に実施したものですが、仮にいま実施すれば、おそらく「ITコストの削減」が1位になるはずです。

 では、企業が「ITコストの削減」を実現するには、具体的にどんなことを検討し、何に注意すればよいのでしょうか。これらのことを本稿では、ガートナーが策定した「コスト最適化フレームワーク」に基づいて説明したいと思います。今回は具体策の説明に入る前に、ユーザー企業のIT投資のどの部分にコスト削減の余地や機会があるのか、について考えます。

景気悪化でIT投資に急ブレーキ

 ガートナーは毎年、ユーザー企業へのアンケート調査を通じて、IT投資額の増減率(前年度との比較)を分析しています。過去の調査結果を見ると、これまでは経済成長率(実質GDPの伸び率)が、半年から1年遅れて、IT投資額の増減率に反映される、という傾向がありました。しかしながら、急激な景気の変動があると、このラグはなくなり、即座にIT投資に影響します。

 経済危機が顕在化する前の2008年5月に実施したアンケート調査では、2008年度のIT投資額は前年度に比べて比較的堅調な伸びを示していました。ところが2008年11月に実施した調査では、前年度比でほとんど伸びがなくなり、フラットになってしまいました。

 同じ11月の調査では、2009年度のIT投資額の予測値についても質問したのですが、前年度比でマイナスの結果となりました。しかも、2002年度のITバブル崩壊時より悪い数字です。

 2008年11月以降、経済はさらに悪化しています。そこで2009年3月に改めて調査を実施したところ、2009年度のIT投資額の予測値は前年度と比べて大幅に縮小し、そのマイナス幅はITバブル崩壊時よりもはるかに大きな値を示しました。

 これらの調査結果により、IT部門にとってITコストの削減が今年の一番ホットなテーマであることが、改めて裏付けられました。

減らすべきは既存システムの維持費

 次に、IT投資の内訳を見たいと思います。

 2008年11月に実施した調査で、2008年度のIT投資額に占める「新規投資額」と「既存システム維持費」の内訳を質問したところ、回答企業の平均は、新規投資額が20%、既存システム維持費が80%でした。新規投資額には、ハードとソフトの購入費/レンタル費、システム開発費、外部委託費、追加要員の人件費などを含みます。

 新規投資額は2007年11月の調査では23%でしたので、1年で3ポイント下がったことになります。ちなみに米国では、2008年11月の調査で、新規投資額の割合が3割を超えています。このことからも、日本企業のIT投資に占める新規投資の比重がいかに小さいかが分かります。

 IT投資額に占める新規投資額の割合を、「0%(なし)」「10%未満」「10%以上、20%未満」「20%以上、30%未満」「30%以上、50%未満」「50%以上」の6つに分類したところ、ほぼ4社に1社(回答企業の26%)は「0%」という結果でした。仮に調査をいま実施すれば、0%という回答はもっと多くなると思います。

 ただ、ここで考えてみてください。本当に新規投資を減らしてよいのでしょうか。

 とりあえず予算を確保した、といった目的意識の薄い新規投資なら削ればいいでしょう。しかし、業務改革や売り上げ拡大を狙った“攻め”のIT投資を減らしてしまったら、当面はそれらの効果を享受できないことになります。

 ただでさえ、イノベーションをもたらすようなIT投資は、効果が出るまでに時間がかかるものです。このまま新規投資を減らし続ければ、景気が回復してもIT投資の成果を生かせない、という最悪の事態を招きかねません。ですから、新規投資を安易に減らすことはお勧めしません。

 ではどうすればいいのでしょうか。

 検討すべきは、既存システムの維持にかけている費用の削減です。同じ調査で、既存システムに対するIT投資の成果について質問したところ、「期待通りの成功」という回答は5%にすぎませんでした。「ある程度は成功」を加えても5割に達しません。その程度の成果しか出ていない既存システムの維持に、IT投資の8割もかける必要があるでしょうか。

 IT投資を削減するなら、攻めの新規投資に手を付けるのではなく、まず既存システムの維持費を減らすことを考えてください。すなわち、「効果の小さいシステムに対する維持費の削減」につながるような投資を実施し、トータルで削減できたコストを、可能な範囲で攻めの新規投資に回すのです。