アビームコンサルティング
フェロー
徳田 弘昭

 経済的で,かつ実務に使えるIT統制の進め方を解説していくのが,この連載の目的です。前回は,その前提としてIT統制の問題点を「統制サイクルの不備」という観点で見ていきました。今回は,IT統制の問題点を「ビジネスシステムの不備」の観点から検証することにします。

トップが望むのは戦略・組織・ITの情報

 ビジネスシステムとは,企業がビジネスを適切に進めるための仕組みを指します。その全体像を大まかに示すとのようになります。

図●ビジネスシステムの構成
図●ビジネスシステムの構成
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 図の最上位にあるのは,経営理念に基づく「戦略」です。その下に戦略を遂行する「組織」とそれぞれの組織が実行する「業務プロセス」があります。こうした業務を「アプリケーション」や「データ」などのITが支える,という構成をとります。

 このビジネスシステムは,(1)戦略や経営計画を策定する,(2)戦略や計画に基づいて,業務プロセスを担当する人や組織に指示を与える,(3)業務プロセスの実施に際して,効率化や付加価値増加の観点でITの活用を検討する,(4)必要な情報システムを開発・導入する,(5)システムを使って,業務プロセスかかわる情報を維持・管理する,という一連の活動を支えています。

 どんな企業であれ,ビジネスシステムの基本的な構造は同じです。経営者は,このビジネス・システムを通じて自社の経営状況を“見える化”し,経営判断を下します。

企業の成長に伴い,ビジネスシステムの構造が複雑化

 創業間もない企業では,ビジネスシステムの構造は単純です。組織の規模が小さく,経営者の個人経営に近い会社も多いので,経営者の意思決定が直接,組織全体に伝わります。逆に,経営者は組織の様子を容易に把握できます。ビジネスシステムを支えるITも,多くの場合は小規模で機能もシンプルです。

 ところが企業が成長していくにつれ,ビジネスシステムの構造は複雑化していきます。まず大きいのは,経営の主体が経営者個人から「組織」へと広がっていくことです。タイミングは,新規上場の時期とちょうど重なるケースが多いようです。

 この段階では,業務の遂行を複数の部門や組織で進めることになります。意思決定も経営者だけでなく,組織やプロセスの構築に秀でた“名参謀”と呼ばれる人材と共同で進める必要が出てきます。多くの企業再生プログラムを手がけてきた筆者の経験では,成功する企業のほとんどが,このトップと参謀の組み合わせにより運営されています。より事業規模が大きくなると,経営の意思決定やビジネスの遂行を「トップと複数の参謀」による組織で進める必要が出てくるでしょう。

 企業の規模が大きくなると,ビジネス領域全体で広く情報システムを使うようにもなります。企業が利用したり発信したりする情報の種類や量も増えてきます。このため,情報システムの規模は大きくなり,システムの形態やアプリケーションの機能や構成が複雑になります。

 問題は,ビジネスシステムの構造が複雑になってくると,個々の要素間で「断絶」が生じる可能性が高くなることです。企業のビジネスを適切に進めるためには,ビジネス・システムを構成する戦略や組織,ITなどを密に連携させて,「システム」として維持する必要があります。

 しかし,企業の規模が大きくなり,ビジネスシステムを構成する個々の要素の規模が大きくなったり複雑になったりすると,要素間の連携を維持するのが困難になります。連携にほころびが生じたり,要素間に断絶が生じたりするケースが出てくるのです。

 こうしたビジネスシステムの不備を放置しておくと,結果的に経営者は自社の状況を正しく把握できないことになります。ITの側面からみると,これがIT統制の不備につながるわけです。