iPhoneとAndroid,そしてPalm Preなど,IT産業の新たな金脈として期待される次世代モバイル端末。特に,製品の使い勝手や特徴にかかわるユーザー・インタフェース(UI)の分野では,技術開発競争に拍車がかかる。後編では,日本でも関心が高いAndroid向けのアプリケーションや,派手な視覚効果でマルチタッチ方式への世界的関心を喚起した「Surface Computing」など,多種多様なUI関連技術を動画も交えて紹介する。それらのうち,あるものは単なる発明や一発限りの新製品に終わり,あるものは情報処理のスタイルを一変させ,その後の社会システムに深く組み込まれる。その成否を分ける要因は何かを探っていく。

 前編では,iPhoneを契機とした新しいユーザー・インタフェース(UI)と情報処理のトレンドを紹介した。後編は,iPhoneに対抗するAndroidのアプリケーション開発動向から入ることにしよう。

 Androidは,米Googleが2007年11月にリリースした次世代モバイル端末用OSである。同社は「モバイル・オープン化」を合言葉に,これまで通信事業者が垂直統合的に支配してきたモバイル市場へも食い込もうとしている。そのための武器がAndroidだ。Androidが搭載される端末は,スマートフォンが主となるが,ネットブックのような小型ノート・パソコンへの搭載も今年7月以降には始まる予定だ。

 リリースから約1年半が経過したAndroidだが,今のところそれを採用した製品は台湾HTCが開発したスマートフォン「HTC Dream(T-Mobile G1)」と「HTC Magic」のみ。このうちDream(G1)は,2008年11月に米国と英国で発売されてから現在まで,世界9カ国で約200万台を出荷したとされる。また,HTC Magic(日本ではNTTドコモが「HT-03A」という機種名で2009年6月に発売予定)はリリースされて間もない。これに対しiPhoneは,その姉妹品であるiPod Touchと併せ,これまでに世界で累計4000万台の売り上げを記録し,Androidを大きく引き離している。

 現時点のスマートフォン市場におけるマーケット・リーダーはフィンランドNokiaで,これを2位のカナダResearch In Motionと3位の米Apple(iPhone)が激しく追い上げている(図1)。これに対しAndroid搭載端末(HTC製品の一部)の市場シェアはまだ微々たるものだ。しかしIT業界の関係者や市場調査会社は,いずれAndroidがシェアを大きく伸ばしてくると予想する。

図1●世界市場におけるスマートフォンの出荷台数(出典:Gartner)
図1●世界市場におけるスマートフォンの出荷台数(出典:Gartner)

 その根拠はGoogleのオープン・プラットフォーム戦略だ。GoogleはAndroidを,なるべく多くの通信事業者や端末メーカーに採用してほしい。つまり,それをモバイル産業の業界標準(プラットフォーム)とし,そのうえで何らかの広告サービスによって収益を得ようとしている。そのために同社はAndroidを無償で提供し,開発されるアプリケーションにも,ほとんど拘束を課していない。このような開放的スタンスによって,Androidの普及を図るのがオープン・プラットフォーム戦略だ。

使用環境の変化に応じ設定を自動的に切り替えるアプリ

 その結果,Android向けに今,どのようなアプリケーションが開発されているか。一例として,米マサチューセッツ工科大学(MIT)の学生5人が開発・製品化した「Locale」を紹介しよう。これはGoogleが2008年に実施した「Android Developer Challenge」というアプリケーション開発コンテストで上位10作品に入賞し,27万5000ドルの賞金を獲得している。

 Localeはバックグラウンド・タスクとして動作する。つまり通常は携帯画面上に姿を現さず,目に見えないところで,ひっそりと稼働しているアプリケーションだ。その役割は,ユーザーの置かれた状況の変化に応じて,携帯電話(Android搭載端末)の各種設定を自動的に切り替えることだ。例えば,午前0時になると携帯電話がマナー・モードに切り替わり,午前7時になるとベルが鳴るモードに戻る,といった具合である。こうすればユーザーが,明け方4時に電話のベルに叩き起こされる心配はない。

 これは時間を条件に各種設定を切り替える一例だが,位置情報を条件にすることもできる。例えば若い女性が普段,携帯電話の待ち受け画面にミッキーマウスの壁紙を使っているが,出社時にはそれがもっとビジネス・ライクな大人っぽい絵柄の壁紙に切り替わる,といった具合である。この場合,Localeがスマートフォン(Android搭載端末)に内蔵された位置情報システム(GPSおよびWi-Fi接続ポイント)を使って,彼女が会社に到着したことを認識し,自動的に壁紙の絵柄を切り替えてくれるのだ。

 このように,ユーザーの置かれた場所や時間など,状況の変化に応じて携帯端末の設定を変えるような機能は,「文脈に基づくユーザー・インタフェース(Context Based UI)」の一環をなすもので,現在,通信事業者や端末メーカーにとって最大の関心事になっている。Localeは,そうした重要な機能をアマチュアが開発してしまった,という点でも興味深い。実際に,それがどんなもので,どんな動きをするのかを,以下の動画でご覧いただこう。これはLocale開発メンバーのCarter Jernigan氏が「T-Mobile G1」を手にデモしてくれたときの様子である(動画1)。

動画1●ユーザーの置かれた状況の変化に応じて携帯端末の各種設定を切り替えるAndroidアプリケーション「Locale」
説明者はLocale開発メンバーのCarter Jernigan氏(開発当時はマサチューセッツ工科大学の学生)

 動画のなかでも示されていたが,さまざまな状況に応じて各種設定を切り替えるための条件は,あらかじめユーザーがLocaleに入力しておく必要がある。そのためには,まずG1のタッチパネルに表示されるLocaleの初期メニューから,「Add Condition(条件を追加)」というボタンに指で触れる。すると,そこには「Battery(電池)」「Calendar(予定表)」「Contact(連絡先)」「Location(場所)」「Time(時間)」という5種類のボタンが表示される。

 デモでは,そのなかからJernigan氏が「Location(場所)」のボタンに触れると,タッチパネル上でGoogle Earthが立ち上がり,この日の取材場所であったカフェと,その周辺のビル群を真上から撮影した衛星写真が現れた。そこにはG1の位置情報システムが割り出した現在地を中心に,円形のエリアが表示され,その内側が薄紫色に染まっている。Jernigan氏がその部分に2本の指を当てて広げると,それに合わせて薄紫の円形エリアが拡大された。逆に2本指を狭めると,円形エリアが縮小する。iPhoneでも見慣れたタッチパネル独特の動作である。

 このようにして地図上で対象エリアを指定したあと,各種設定のメニューへと移る。例えばユーザーの居る場所が,カフェではなく映画館であるとしよう。上映中に携帯電話が鳴りだすことほど,まわりの人々から嫌がられることはない。そこで映画館全体をカバーするエリアを指定したあと,そのエリアでは携帯電話をマナー・モードに切り替えるように設定する。するとLocaleは,この携帯電話の持ち主が映画館を訪れたときにはいつも,自動的にマナー・モードに切り替えてくれる。

 このほか,病院に行ったらペース・メーカーを付けた患者に配慮して携帯電話からの電波発信をストップする,といった設定なども考えられるだろう。実際,Jernigan氏自身は「仕事中」「在宅中」「就寝中」など,日常生活をいくつかのモードに分類し,それぞれに応じて携帯電話の各種設定が切り替わるようにしているという。