「アメリカでは『起業のあり方』の変革が起きている」。サイボウズの創業者である高須賀宣氏は言う。米国で設立した会社LUNARRを2009年5月に清算したのは,それが理由だと高須賀氏は話す。

米国では学生が一人でサービスを立ち上げている

 高須賀氏は現在,米国に拠点を置き,世界に向けたサービスの開発に挑んでいる。2006年,オレゴン州ポートランドで会社LUNARRを設立。ドキュメントの“裏面”がメールになるコラボレーション・ツールThemeと,画像を共有してユーザーがつながるElementsという2つのサービスを展開していたが,2009年5月10日に2つのサービスと会社をシャットダウンした(関連記事)。同氏が日本に一時帰国した際に,これまでのチャレンジで得た事を聞いた。

 高須賀氏は会社を閉鎖したが,引き続き次のサービスの開発を進めている。もともとサービス開発を2つで終えるつもりはなかった。それにもかかわらず,会社を単に縮小するだけでなく清算した理由は,アメリカで起業の方法が大きく変わりつつあることを痛感したからだという。

 「従来は新しいサービスを立ち上げるためには会社を作り,オフィスを借りそこに人を集めていた。しかし,もう起業に会社は必要ない」(高須賀氏)。

 インターネットが提供するツールによって仕事の生産性が上がり,仕事の単位が個人になりさらにマイクロ化されてきている。マーケティングでも開発でも,ネットを使えばいつでもどこでも仕事ができるようになった。

 「こま切れの時間で仕事ができる。極端なことを言えば,トイレでだってできる。オフィスも『なんでスターバックスじゃだめなの?』という具合だ」(高須賀氏)。それがアメリカにおける起業の標準的な姿になっていると同氏は話す。「実際に今アメリカではこの瞬間も,そうして学生もサービスを個人で立ち上げている」(同)。

 実際に,全世界に1億5000万人以上の会員を持つSNSのFacebookは,米Harvard大学の学生だったMark Zuckerberg氏が個人で,大学の寮の一室で作り上げたものだ。2007年に米MicrosoftがFacebookに出資した際,MicrosoftはFacebookの時価総額を150億ドルと評価している。

個人が世界と仕事できる基盤が整った

 ちょうど1カ月ほど前,同じ話を別の表現で聞いたことを思い出した。シリコンバレーのコンサルティング会社である米Blueshift Global Partners社長の渡辺千賀氏の話だ。「個人が組織に属さなくとも,世界から仕事を請け,製品を売るインフラが整ってきた」と渡辺氏は言う(関連記事)。

 渡辺氏が例として挙げた,Craigslistも,Craig Newmark氏が個人で始めたサイトだ。求人や売ります・買いますなどの情報を掲載するサイトで,日本ではあまり知られていないが,フォーラム会員1億人を抱え,毎月3000万件の広告,200万件の求人情報が登録されている。2009年の収入は1億ドルを超えるという予測もあるが,従業員はわずかに28人という(米CNETの記事)。

 「新しい社会の仕組みと働き方が出現している」と渡辺氏は感じている。

クラウドで個人や小企業が世界を相手にできる

 インターネットは,大企業や政府でなければ入手が困難だった情報を個人が入手できる手段を提供した。ブログやSNSは,組織内でのコミュニケーション・コストと,組織外でのコミュニケーションのコストをほぼ同等にした。クラウド・コンピューティングは,大組織でなければ使えなかったコンピュータ資源を使えるようにした。個人によるプロジェクトが大組織に劣らないパフォーマンスを生み出す可能性が出てきた。

 インターネットがあれば距離の制限はない。日本とアメリカでプロジェクトを組んでもいい。「アメリカで3年間事業をやって,LUNARRのサービスはNew York Times,TechcrunchやRead Write Webなどさまざまなメディアに取り上げられた。それなりのマーケティング力はついた。もし日本で技術や企画があって,私と一緒にやってみたいという方がいれば,プロジェクトに加わってほしい」と高須賀氏は呼びかける。

 サービスがヒットしたら,その時点で会社を作ればよい。その会社も大企業となる必要はない。「Amazon EC2やGoogle App Engineなどのクラウド・コンピューティング基盤を使えば,世界を相手にしたサービスを展開できる」(高須賀氏)。

 世界中にユーザーがいて,売り上げは1兆円,でも社員は20人。そんな企業が間もなく生まれる。高須賀氏はこう考えている。