1960 年生まれ,独身フリー・プログラマの生態とは? 日経ソフトウエアの人気連載「フリー・プログラマの華麗な生活」からより抜きの記事をお送りします。2001年上旬の連載開始当初から,現在に至るまでの生活を振り返って,順次公開していく予定です。プログラミングに興味がある人もない人も,フリー・プログラマを目指している人もそうでない人も,“華麗”とはほど遠い,フリー・プログラマの生活をちょっと覗いてみませんか。
※ 記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります。

 私が会社をやめて独立してから,今年で8年目になる。それだけ長い間フリーで食っているなんてすごい,と言ってくれる人もいる。ITバブルはとっくに崩壊したし,Web系の技術も今となっては目新しいものではない。私と同じころに独立して,時代の移り変わりと共に立ち行かなくなった人は少なくない。会社勤めに戻ったり,契約社員や派遣社員としてどこかのオフィスで通常勤務,という道を選択せざるを得なくなるのだ。それに比べて私は,いまだに自宅でのほほんと仕事をしながら,曲がりなりにも食いつないでいるのだ。それをすごい,と言ってもらえるようである。

 しかし,実を言うとなんのことはない。独立してから今まで,特定の会社から仕事を紹介してもらっているだけなのである。すごいのは私ではなく,その会社の営業力である。要するに,おんぶに抱っこで今までなんとかやってくることができたのだ。

 他の知り合いにも仕事の紹介をお願いしてあるのだが,顧客の業種が堅いところばかりだったり,長期常駐を前提としていたり,2次請け,3次請けで単価がかなり低かったり,あるいはタイミング悪く私が多忙だったりと,手を出す機会がないまま,ここまで来てしまった。しかし,現状ではあまりにも特定のチャネルに依存しすぎている。私が働いた結果としての売上の一部が紹介者に行くのであるから気兼ねはいらないのかもしれないが,特定の人の厚意に甘え続けているという気持ちが常にある。そういうわけで,ここはひとつ,自分でも仕事を探してみよう,と決心したのである。だからといって,紹介で営業をするにしても人脈がない。いきなり飛び込みで仕事をもらうわけにもいかない。そこで,手始めに求人サイトを利用してみることにした。

 仕事を探すにあたって,ひとつ大きな決断が必要となる。通常勤務を選択するかどうかである。8年近くも自宅を中心に作業をしてきた私が,果たして通勤に耐えられるだろうか。平日フルタイムを使ってしまうわけだから,今までのように合間を縫ってアルバイトをするのも難しくなる。可能であれば時間の自由は確保したい。そこで,まずはいわゆる「持ち帰り案件」から探し始めることにする。

 検索しているうちに,持ち帰り案件を意味するらしいキーワードを見つけた。「SOHO(Small Office/Home Office)」である。この言葉を初めて聞いたのは,6~7年ぐらい前だっただろうか。今から考えるとITバブルの真っただ中であったような気がする。他人に自分を紹介してもらうときに「彼はSOHOで仕事をしていて」などと言われて,ああそういうものかと思いながらも違和感を覚えた記憶がある。

 それにしても,SOHOという言葉はいったい何を意味するのか。そのまま解釈すれば「小さなオフィス,または家庭をオフィスとして仕事をするスタイル」といったところに違いない。しかし,大抵の人は,この言葉を聞いてもう少し想像をふくらませるはずである。朝は早く起きてガーデニングか何かを済ませ,自分専用のおしゃれなオフィスで昼ぐらいから仕事,夕方は早めに切り上げて近くの公園などを散歩し,ショッピングを楽しんでから自宅に帰り,ゆっくりとディナーを取ってから少し遅い時間まで仕事をし,風呂に入って音楽でも聴きながら眠りに就く,といった優雅な生活を期待するのではないかと思うのである。

 台所にカップラーメンの食べ残しが置いてある6畳のワンルームで,コンビニの弁当を食べながら古いパソコンを使って毎日明け方近くまで仕事,客先からはひっきりなしに連絡が入り,納期に追われて風呂・洗濯もままならず,無精ひげは伸び放題,部屋の中は散らかり放題,疲れて横になるのは万年床などという生活を想像したりはしないだろう。しかし,これだって一応はSOHOである。

 呼び方が変わっただけでおしゃれで流行の先端という雰囲気が漂う。世間ではよくあることだが,私はこういうのをあまり好ましく思わない。本質は全く変わらずに上辺の印象を狙うところに,何か誠実でないものを感じるからである。「IT産業」のたぐいも同じである。さすがに最近は慣れたが,以前は「IT関連のお仕事をされているそうで」などと言われただけで鳥肌が立ったものである。

 話が横道にそれてしまったので元に戻そう。キーワードが「SOHO」であることがわかったので,検索してみる。すると,SOHO向けの求人サイトがいくつか見つかる。ところが,どうだろう。昨年の募集情報が掲載されたままになっていたり,ページの途中から文字化けしていたり,運営者の無関心さが垣間見えるようなサイトが目に付く。こんなサイトが検索の上位に出てくるなんて,SOHO市場(?)というのは,やはり一時期騒がれただけで,今はすっかりさびれているのか,それとも過剰なSEOのなせる技なのか……。そればかりではない。数少ないまともなサイトの案件情報を見て私はさらに落胆した。大部分が,ホームページの更新だったり,データ入力のような業務で,威勢のよいものでも,せいぜい「楽天に出しているショップの運営・更新を任せたい」といった程度である。

 結論としてわかったのは,デザイン系のスキルがあるなら,そこそこの収入が見込める仕事がありそうなこと,副業としてはよいかもしれないが,それだけで食っていけるような仕事が見つかる可能性は低いこと,の2点である。このレベルの仕事なら,フリーのアルバイト情報誌でも十分見つかる。少なくともネットの現状を見る限り,SOHOというのは「在宅でできるちょっとしたアルバイト」程度の意味でしかないのかもしれない。横文字の意味をそのまま受け取った私が間違っていたのだ。

 思惑が外れてがっかりしたものの,冷静になって考えてみれば当然のようにも思える。委託する側から見れば,実績もない者に何の保証もなくいきなり大きな仕事を持ち帰りで依頼するだろうか。やはり始めはフルタイム勤務を前提に職を探すしかないのかもしれない。私の求職活動は始まったばかりである。