NECが文部科学省の10ペタFLOPS(毎秒1000兆回の浮動小数点演算)「次世代スーパーコンピュータ」の試作・製造を前に突如、白旗を掲げた。スーパーコンピュータの性能ランキング「TOP500」で2011年6月に世界第1位獲得を狙う日本政府の野望は、残された富士通に期待するしかないという情勢になった。

 米IBMも同時期のTOP500で1位を目指し、2億4400万ドル(1ドル=100円換算で244億円)の支援金を得て米国防総省向けにスカラー型で10ペタFLOPSの「IBM PERCS(コード名)」を試作中だ。富士通は45ナノ技術の特注プロセッサであるSPARC64VIIIfx(同Venus)、IBMは同技術の汎用POWER7を用い、世界標準といえるスカラー型スパコン競争で一騎打ちの様相。両者共に残る2年に追い込みをかける。

 NECが同プロジェクトから降板した理由は投資額にあるとされている。09年3月期に2966億円の最終赤字を計上した同社は、10年3月期は100億円の黒字転換を見込む。次世代スパコンの開発で生じる09年度の「100億円の負担」(NEC広報)は、来年3月期の同社の命運を左右しかねない。

 08年度は次世代スパコンの詳細設計の時期で、国家予算65億円が費やされた。半額がNEC分だったとしても、「その数倍は持ち出した」(NEC幹部)。このままでは、NECの負担額は約500億円になるとみられていた。富士通幹部も「全期間で約500億円の持ち出し」としており、現在の経済情勢下では痛い出費。降板に一定の理解は得られそうだ。

 文科省の資料によると、光コネクト技術や共用ファイルを含め、システム開発に815億円の国費を使う()。それと「同額を参加メーカーが負担する」と記されているため、NECと富士通の負担金の合計は900億~1000億円に上るとみられる。

表●文部科学省の次世代スーパーコンピュータ開発の金額
表●文部科学省の次世代スーパーコンピュータ開発の金額

 しかしスパコン業界のある技術者は、「金だけではなくベクトル型市場の将来不安」からだとNECが降りた理由を観測する。

 文科省が次世代スパコン計画をぶち上げたのは05年。同年11月に文科省の計画を評価した総合科学技術会議は、既にベクトル型とスカラー型の複合型にこだわる文科省に疑問を投げていた。

 「ベクトル型は05年時点でTOP500の10%未満。完成する12年頃には1%程度」「プログラム資産を保護する目的でベクトル型を開発するのは、90年代の変革期対応に遅れたメインフレームの二の舞」といった声があった。

 これに対し文科省は概念設計後の07年7月、「主要7種のアプリケーションによる推定性能では、スカラー型とベクトル型の総合性能は同程度」と報告。どちらか一方でも目的の10ペタFLOPSは可能としながら、「日本が強いベクトル型でのソフト資産の利用は重要」として複合型に決めた。

 NECが08年にベクトル型のスパコン「SX-9」を出荷したとき、米IBMはPERCSの想定FLOPS当たり金額と比較した。するとPERCSは100倍も優れる結果になったという。

 先の技術者は、「NECの若手技術者たちがスカラー型の開発を強く主張した結果、NECの幹部もベクトル型よりスカラー型を重視するようになった。これがきっかけになり、文科省の次世代スパコンのプロジェクトからNECが降りた」と見る。

 NECはスパコン事業の継続を発表しているが、今後はスカラー型が中心になるだろう。ベクトル型の演算性能はそこそこの複合型を出荷する可能性もある。