凄まじい勢いで世界中に広がった新型インフルエンザ。より毒性の強いウイルスが近い将来に発生するリスクも指摘されており、企業の経営者や危機管理担当者は、事業継続計画の見直しを迫られている。
 6月8日に書籍「10日間で完成 パンデミック対策実践マニュアル」を緊急出版する危機管理アドバイザーの佐柳恭威氏に、企業が事業継続を実現するための考え方や手法、実践ノウハウなどを語ってもらった。佐柳氏は格付け会社スタンダード&プアーズの現職Vice Presidentであり、米国本社の危機管理顧問として新型インフルエンザなどの対策シナリオを企画・導入し、世界各国のマネジメントの指導に当たっている。4日連続シリーズの第1回は、過去1カ月の状況分析と、強毒性インフルエンザに備えた対策の考え方がテーマである。

(聞き手は吉田 琢也=ITpro)


4月に新型インフルエンザが発生してから現在までの状況をどう見るか。

スタンダード&プアーズ Vice President 佐柳恭威 氏
スタンダード&プアーズ Vice President
佐柳恭威 氏

 今回改めて分かったのは、新型インフルエンザの感染は人の力でストップできるものではない、ということだ。人間に免疫がないため、航空機を介してすごいスピードで世界中に広がるだろう、と以前から予想されていたが、実際その通りになった。SARS(重症急性呼吸器症候群)のときと非常によく似ている。

 ただ、空港での検疫による水際対策は、一定の効果があった。十日程度とはいえ、海外から日本への感染者流入を食い止めることができたからだ。その間に、厚生労働省や各自治体を中心に、発熱相談センターや発熱外来など、受け入れ態勢を準備することができた。もし感染者がいきなり国内に入っていたら、感染の広がりはこの程度では済まなかったはずだ。

 民間企業においても、海外出張者に自宅待機を要請したり、社員に感染防止キットを配布したり、といった対策を打つことができた。これまで全く準備ができていなかった企業も、パンデミック対策について真剣に考えるきっかけになった。

 水際対策を徹底したことに加え、今回発生したウイルスがたまたま弱毒性だったこともあり、政府も企業も比較的冷静に、対策を考えたり準備したりする時間を得ることができた。このことは、ある意味で天から与えられたチャンスだと言える。今後、致死率の高い強毒性の新型インフルエンザが発生した場合に備え、リハーサルをすることができるのだから。

本当の脅威に立ち向かうための準備ができる、と。

 その通りだ。メキシコでは新型インフルエンザの感染が蔓延したときに、企業の業務を止める措置が取られたが、ウイルスが弱毒性だったので、業務停止の期間は10~15日程度で済んだ。これが仮に強毒性の新型インフルエンザであれば、2カ月程度の業務停止が必要で、しかも1年半くらいにわたって、そのような停滞期が数回訪れると言われている。

 企業は、今回発生した新型インフルエンザに対して、何ができて、何ができていないのかを徹底的に反省することが必要だ。そのうえで、強毒性の新型インフルエンザが発生しても事業を継続できるようにするための準備に取り掛からなければならない。今回は弱毒性で助かったと考えるのではなく、現状の対策を見直すための時間的猶予が与えられたと考えるべきだ。

 強毒性の新型インフルエンザの発生は、ここにきて急速に現実味が増している。インドネシアでは最近、強毒性として知られるH5N1型鳥インフルエンザに感染した豚が複数の地域で発見された。このことは、今回のH1N1型豚インフルエンザと同じようなプロセスで、H5N1型鳥インフルエンザ・ウイルスと人間のインフルエンザ・ウイルスが豚の体内で交雑し、ヒト-ヒト感染の能力を獲得した強毒性のウイルスになる可能性が出てきたことを示している。

強毒性の新型インフルエンザが蔓延した場合、どんな対策が必要になるのか。

 多くの社員が会社に出勤できなくなることを前提に対策を考える必要がある。ここが、地震などの災害対策や、システム障害対策など、従来の危機管理との大きな違いだ。もちろん、社員が自宅にいる状態で、すべての業務を継続することはできない。会社が倒産したり、社員の生活が破綻したりすることのないように、最低限、資金繰りに必要な業務を洗い出して、継続できるようにしなければならない。

 このためには、社員が自宅にいても業務を遂行できるようにすること、すなわち「遠隔勤務」の仕組み作りが必要になる。その際にまず重要なのは、社内の各部門の業務のうち、どれが会社の事業継続に不可欠な業務なのかを見極めることだ。技術的には、公衆回線をあたかも専用回線であるかのように利用できるようにする通信サービスであるVPN(Virtual Private Network)などの利用がカギとなる。

 今回は弱毒性ということで、そこまで検討していない企業が多いだろう。しかし、強毒性のウイルスが蔓延したときには、遠隔勤務の仕組み作りが絶対に欠かせない。実際、海外でSARSが蔓延した際には、多くの現地企業が数カ月の遠隔勤務を行った。日本がSARS対策のノウハウを蓄積していないことは、今後のパンデミック対策で不利に働くと思う。