タッチパネルの次に来るものは何か――。iPhoneの登場以来,情報機器の差異化要素として,新しいユーザー・インタフェース(UI)が注目を浴びている。ペン入力や音声インタフェースなど,より親しみやすく自然なUIの本格的導入を間近に控え,情報処理の対象となる範囲も,従来のデスクトップ環境から生活空間の全域へと急速に拡大している。ドラマティックな変化の最前線を探るため,米IT産業の集積地である西のシリコンバレーと東のケンブリッジを訪れ,これからのUIを形作るさまざまな要素技術や開発トレンドを取材した。その結果を,取材時に撮影した動画も交えて解説する。

 パソコンからモバイル端末へ,時代をリードするIT製品が世代交代を迎え,人と情報機器の関係を規定するユーザー・インタフェース(UI)もまた,歴史的な転換点に差しかかっている。

 UIとは文字通り,ユーザー(人)とコンピュータ(情報機器)のインタフェース(境界面)を意味するエンジニアリング分野の専門用語だ。それは人から見れば「コンピュータの使い方」だが,機械を中心に見れば「情報の入出力方式」と言うこともできる。

 このようなUIは,ほぼ四半世紀もの長きにわたって基本的に変化していない。それはマウスとポイント&クリック操作,そしてデスクトップ環境とプルダウン・メニューなどから構成される「グラフィカル・ユーザー・インタフェース(GUI)」である。GUIの萌芽は,1960年代に米スタンフォード大学付属研究所のStanford Research Institute(現SRI International)で開発されたマウスやビットマップ・ディスプレイを始めとする先駆的な研究成果にある。

 しかし,それが伝説的な米XeroxのPalo Alto Research Center(PARC)を経て,一般社会にまで広く普及し始めたのは,1984年に米Apple Computer(現Apple)が発売したMacintoshを契機とする。親しみやすいGUIを搭載したMacの登場によって,ようやくコンピュータは一部の専門家にしか使えない特殊マシンから,誰もが手軽に使えるパーソナル・ツールへと進化したのである。

 これを第1次UI革命とするなら,2007年に同じくAppleが市場に投入したiPhoneは第2次UI革命の幕を開けたと言える。iPhoneは表示物を指で直接操作するタッチパネルの導入によって,人と機械の間に横たわる介在物を取り払い,両者の関係をより親密なものにした。これに呼応するかのように,Googleは2008年11月,iPhone向けの音声検索アプリケーション「Google Voice Search」をリリース。2009年には,それと同じ機能を同社自身が提供するモバイル端末用OS「Android」にも実装するなど,いわゆる「ナチュラル・インタフェース」の開発に並々ならぬ意欲を見せている。

 新しいUIへの取り組みはモバイル分野にとどまらない。米Microsoftは2009年末にリリース予定の次期主力OS「Windows 7」に,タッチパネルや音声認識,ペン入力などのインタフェースを本格的に実装する予定。これからのパソコンはさまざまなデジタル家電やモバイル端末を統合する「デジタル・ハブ」になると期待されているが,そうした新しい役割に伴い,パソコンのUIも,より柔軟で多様な操作を可能とする方式へと進化を迫られているのだ。

 このような第2次UI革命の実態を調査するため,2008年9月に米国のシリコンバレー,2009年2月にケンブリッジを訪れ,IT系の研究所やベンチャー企業を取材して回った。これに加え,日本でもトップレベルのUI研究者らに話を聞くことができた。以下,それらの取材結果を,インタビューと併せて撮影したデモも交えて報告する。

iPhoneのユーザー・インタフェースが抱える課題

 多岐にわたるIT業界の中でも,新しいUIの研究・開発がひときわ盛んに進められているのは,モバイル端末の分野である。そこでは今,iPhoneのタッチパネルに触発され,さまざまなナチュラル・インタフェース開発の試行錯誤が繰り返されている。

 発売と同時に世界的なブームを巻き起こしたiPhoneだが,その絶大な人気とは裏腹に,製品としての完成度は必ずしも高くはない。特にiPhoneのUIに対するユーザーの不満は,発売後まもなく多々聞かれるようになった。それらを整理すると,次のようになる。

●入力系の問題
(1)指先以外(爪や従来のペンなど)での入力が不可能
(2)ソフトウエア・キーボードによる文字入力が面倒で不正確
(3)異なるアプリケーション間の連携が不可能(例えば表計算ソフトで作成したワークシートの一部をコピーしてワープロ文書に貼り付けるといった作業ができない)

●出力系の問題
(4)タッチパネルの反応が鈍い(表示速度が遅い)
(5)すぐにバッテリが切れる(電力消費量が大きい)

 特に問題(1)(2)(3)のせいで,「iPhoneはWebブラウジングのような情報の出力端末としては優れているが,本格的に情報を入力・編集する用途には適していない」と言われてきた。提供元のApple自身もそれは重々承知しており,今夏に正式リリース予定の「iPhone OS 3.0」ではコピー&ペーストなどの機能を追加すると表明している。しかし同社以外にも,これらの問題を解決し,より優れたモバイルUIを実現しようとする企業が,世界にはひしめいている。

 その1つ,仏Stantum社はもともとミュージシャンが使用する音楽編集機器の開発・製造会社で,その製品はBjorkを始めとする欧州の著名アーティストたちに採用されてきた。ここ数年は,そこで培ったタッチパネル関連技術をモバイル端末に応用し,iPhoneの先を行くモバイル・コンピュータの開発に専念している(画面1)。創業者でCEO(最高経営責任者)のGuillaume Largillier氏は,筆者らがシリコンバレーを訪れた際,たまたまそこに滞在していた。そこで同氏の宿泊先で取材した。

画面1●Stantumのホームページ

 Stantumの技術開発における特徴は,その垂直統合的なアプローチにある。単にタッチパネル技術の開発にとどまらず,それを中心にIC(集積回路)など基盤技術(下層)からUI(中層),さらにゲームなどアプリケーション(上層)に至るまで,モバイル・コンピュータ全体を開発しているのだ。ただし製品の製造は行わず,開発した技術を大手メーカーなどにライセンス供与するビジネス・モデルをとっている。

 iPhoneが抱えるいくつかの問題に対処する上で,StantumはまずiPhoneとは異なる方式(種類)のタッチパネルを採用した。タッチパネルにはいくつもの方式が存在するが,iPhoneが採用したのは「静電方式(capacitive type)」である。これは「衝撃に強い」「耐久性がある」「透明性が高い」などの長所を持つ半面,「(静電気を帯びた)人体,事実上は指にしか反応しない」「表示速度が遅い(反応が鈍い)」「消費電力が大きい」「製造コストが高い」などの問題を抱えている。先に指摘したiPhoneの問題点のいくつかは,そもそも静電方式自体が抱える問題であるとも言える。

 これに対しStantumは「抵抗膜方式(resistive type)」のタッチパネルを採用した。これはタッチパネルを押した圧力に反応するので,入力デバイスを問わない。つまり指先以外にも,爪やペン(スタイラス)などによる入力ができる。ほかにも「表示の速度が速い(反応が鋭い)」「消費電力が小さい」「解像度(入力や表示の精度)が高い」などの長所を持つ。半面,「耐久性に劣る」「傷がつきやすい」「透明性に劣る」などの問題も抱えている。

 ほかにも「表面弾性波方式(surface acoustic type)」や,最近シャープがノート・パソコンMebiusの新機種で採用した「光センサー液晶方式」などさまざまなタッチパネルが存在する。しかし,これまでゲーム機まで含めると,モバイル端末に最も多く採用されてきたのは抵抗膜方式だ。例えば,ニンテンドーDSや,Windows Mobile搭載のスマートフォンなどが,この方式のタッチパネルを搭載している。