「義」という言葉を聞いて、今すぐに浮かんでくる人物を挙げるとすると、NHKの大河ドラマ「天地人」の主人公である直江兼続と、その師ともいうべき上杉謙信でしょうか。

 禅を深く学び、「義」を大切にしたのは、戦国武将でいえば、上杉謙信が最右翼といっていいかもしれません。その家臣であった直江兼続は、謙信の教えを胸に、「義」と愛を自己の機軸としたといえるでしょう。

 「義」とは、正しい人の道です。その意味で、「義」のある戦いしか謙信はしなかったといわれています。そこに「義」を見いだせば、まさに『論語』の為政第二にある「義を見て為(な)さざるは勇無きなり」(正しい人の道と知りながら実行しないのは、勇気が無い)ということを実践したといえるでしょう。

 謙信が少年時代に学んだ禅宗の林泉寺(新潟県上越市)には「第一義」という謙信直筆の額が山門に掲げられています。この寺で謙信が『論語』の素読を始め、『論語』に大いに学んだことは想像に難くありません。

 次の文章は、上杉謙信が自分のブレない軸として、子孫や家臣、後世に残したとされる上杉家家訓16カ条です。「宝在心」(宝や幸福は外にあるのではなく、心の中にあるという意)といわれていますが、その中にも謙信の「義」の思いが表れています。

上杉家家訓16カ条「宝在心」

 心に物なき時は、心広く体泰なり
 心に我侭なき時は、愛敬失はず
 心に慾なき時は、義理を行ふ
 心に私なき時は、疑ふことなし
 心に驕なき時は、人を教ふ
 心に誤なき時は、人を畏れず
 心に邪見なき時は、人を育つる
 心に貪なき時は、人に諂ふことなし
 心に怒なき時は、言葉和らかなり
 心に堪忍ある時は、事を調ふ
 心に曇なき時は、心静なり
 心に勇ある時は、悔むことなし
 心賤しからざる時は、願い好まず
 心に孝行ある時は、忠節厚し
 心に自慢なき時は、人の善を知り
 心に迷なき時は、人を咎めず

 この「宝在心」の第三条に「義理」という言葉があり、心に私利私欲が無ければ、正しい道理、すなわち、人としての正しい行動や判断ができるというわけです。その意味でも、謙信は、国の政治においても国の経営においても、「先義後利」を実践した人物といえるでしょう。

 「義」の系譜ということで、少し時代が下がって、江戸時代の中期の京都の商人で、儒教をベースにした石田梅岩の教え(石門心学)があります。梅岩は、「仁・義・礼・智の心が信を生む」として、商人の道、商人の職業道徳を明確にしました。

 商人が「仁・義・礼・智」の4つの心を備えれば、お客様や世間の「信」(信用・信頼)となって、商売はますます栄えていくと説いたのです。そして、この影響を受けたと考えられるのが、同じ京都の商人であった大丸(百貨店)の業祖である下村彦右衛門です。

 下村下村彦右衛門は、「先義而後利者栄」(義を先にして利を後にする者は栄える)を事業の根本理念として定めました。250年以上たった今日でも、大丸のブレない軸は「先義後利」です。今も変わらぬ柱です。同社のホームページを見ると「企業理念」として次のように書かれています。