やってみせ、
 言って聞かせて
 させてみて、
 ほめてやらねば
 人は動かず
   ---大日本帝国海軍大将 山本五十六

 今回は、職員提案制度について自分の考えを述べてみたい。昨年秋以来の不況の影響で自治体の財政がますます厳しくなったせいか、「徹底的な行財政改革に取り組もうと旗を振っているのだが、職員からアイデアが出ない。どうしたらよいか」という相談や、「職員にアイデアをどんどん出すように気合いを入れてほしい」という講演依頼など、これまでなかった仕事がちらほらとくるようになったからだ。

職員提案制度では日本一の豊田市役所

 職員提案制度といわれて私が一番に思い浮かべるのは豊田市役所だ。今から3年前に幹部職員から直接伺ったお話では、豊田市役所の職員提案は年間6000件あるという。昭和40年代から始まっていて、ここ10年でも毎年6000件以上の提案があり、多い年は8000件を超えている。

 昭和40年代に三期12年間市長を勤めた市長さんが元トヨタ自動車の総務部次長だったそうだ。このときに「カイゼン」のDNAが豊田市役所に注入されたものと思う。今の市長さんは、この人に相当鍛えられたそうである。 豊田市役所の財政力指数は1.0をはるかに超えているが、早くから民間委託などに取り組んでいる。お金のある自治体はあまり行政改革に取り組んでいないのが普通だが、豊田市役所は全く違う。水道局を調べてみても、やはり人数がとても少なく、民間委託が進んでいる。横浜市や杉並区のような派手さはないが、とても面白い、そして学ぶべき点がたくさんある市役所である。

まずは幹部の率先垂範!

 さて、話を戻すと、職員提案制度が死んでいる役所に共通する点は、トップ層の率先垂範が無い点である。

 佐賀市ではインターナショナルバルーン大会という熱気球の大会があり、それが地域振興の大事なイベントだったのだが、ホンダがメインのスポンサーだった。2度ほどホンダの福井威夫社長にもお会いしたことがあるが、昨年の経済危機を乗り切るためにF1からの撤退を決断された。鈴鹿の8時間耐久レースからの撤退も決めた。ホンダの魂ともいえるレースから退かれたのである。一番大切なものを切って見せて、どれだけ大変かを社員に分からせるためだった。 佐賀市役所は平成13年から本格的な行財政改革に取り組んだ。市長公用車を廃止し、市長給与も20%カットし、県庁所在地の市がほとんど置いている東京事務所も廃止した。議会にも旅費のグリーン車等の廃止はもちろん、10%の経費削減を求めた。職員に負担を求める前に、手本を示したのである。 職員提案制度を危機的な財政危機突破に対応するために活用しようと思うのなら、まずは、トップ層が身を切るところから始なくてはならない。財政危機といいながら、稼働率の非常に低い黒塗りの車を手放さない市町村長(議長)は、この危機を突破できない。

幹部層がまず改善提案の手本を示す

 次に必要なことは、業務改善をどんどん提案してもよいとの雰囲気を作り上げることである。佐賀市の事例で恐縮だが、平成11年に私が市長に就任した時には、佐賀市役所には職員提案制度は存在していなかった。それで、とにかく職員からも現場の現実に即したアイデアを出してもらおうと思い、平成12年度から職員提案制度を導入したが、初年度は約1400人の職員のうち20組から50件の応募があった。件数はまずまずだったが、「優秀賞」が電話使用料の一括管理など2件で、中身はあまり大したことはなかった。

 しかし、これはやむを得ないことだった。なぜなら、職員はこれまで業務改善した経験がほとんどないだけでなく、上司が業務改善の手本を示したことも、また、上司に業務改善の指導を受けたこともないからだ。

 よく「ボトムアップが大切」と言って自らは何も手本も方針も示さない幹部がいるが、これでは職員提案制度は成り立たない。まず行うべきことは、幹部層が積極的な改善提案をして、それを実行に移すことである。

 佐賀市の場合には、平成13年1月に財政課長が総合窓口の導入を提案してきた。完全な他の部局の問題である。しかし、住民サービスが大幅に向上する内容だったので直ちに実行に移され、平成13年10月にはカウンターとコンピュータシステムの改造が終わり、総合窓口が開設された。この事例があって、職員の間に「改善をしてもよいのだ」という空気が浸透したと思う。

提案してきた職員はとにかく褒める

 そして、職員提案制度が活性化するまで大事なことは、多少問題があっても褒め続けることである。優秀な事例は即採用、10万円の賞金を出したが、粘り強く褒め続けなくてはならない。

 東京都の場合は、第一本庁舎の7階ホールで表彰式が行われており、賞状授与と知事挨拶に記念撮影がある。豊田市役所では12月末の仕事納め式の時に表彰が行われている。職員にとって、とても励みになると思う。 最初はあまり中身がなくても、とにかく褒める。褒め続けることが大切である(東京都の表彰制度の情報はこちら)。

次に行うことは、改善のノウハウを教えること

 民間企業の人にとっては驚きだと思うが、役人の大部分は業務改善の手法を教えられてはいない。そもそも役所の仕事は、住民票の発行や課税など制度を決められた通りに実行することが第一の業務が多い。また、これまでの右肩上がりの経済では、何もしなくても税収は確保されていたので、顧客満足の向上や経費削減に不断の努力をする必要がなかったからである。

 私は農林水産省のキャリア官僚だったが、農林水産省で改善の手法を体系的に教えられたことは全く無い。ここ数年は元マッキンゼーの優秀なコンサルタントと仕事をすることが時々あるが、彼らが当たり前のように使う業務分析の手法や問題点を絞り込んでいく手法、顧客の要望をきちんと把握するためのインタビュー手法などを目の当たりにすると、「農林省の時にこれを知っておけば、もう少し良い政策が立案できたのに」と思う。

 職員提案制度を実行しながらでよいと思うが、実践的な研修に費用を惜しんではならないと思う。もちろん、これまでの国の関係法人などがやっている研修などではない。

 身近に改善案を出せるお手本となる職員が必要なので、民間経験者を中途採用するのも良い方法だ。特にお勧めなのが改善のノウハウを徹底して現場で体験してきているトヨタなどのOBを市役所の幹部にスカウトすることである。私は三愛石油のOBなどを起用した。

 職員提案制度は漢方薬的な手法であり、ボトムアップでどんどん良い提案が出てくるようになるまでには時間がかかる。企業OBが組織の中にいると、改善提案のレベルが上がることは間違いない。

最初は他の自治体の改善提案のマネをすること

 この記事を読んでいる読者の中には、「そうは言っても、これまで改善提案などしたことが無いし、うちの市役所幹部では教えてくれそうな人がいない」という人も多いと思う。地方に行けば行くほど、勉強する場も無いだろう。  

 しかし、今は、インターネットがある。そのような方には、気の利いた自治体のホームページで職員改善提案の事例を見て、自分のところで使えそうなものを真似(まね)してみることである。最初はマネでよいと思う。絵の世界でも最初は真似(模写)から入る。たくさん真似してみて、そのうちにコツをつかむことができる。ぜひ、やってみてほしい。

木下 敏之(きのした・としゆき)
木下敏之行政経営研究所代表・前佐賀市長
木下 敏之氏 1960年佐賀県佐賀市生まれ。東京大学法学部卒業後、農林水産省に入省。1999年3月、佐賀市長に39歳で初当選。2005年9月まで2期6年半市長を務め、市役所のIT化をはじめとする各種の行政改革を推し進めた。現在、様々な行革のノウハウを自治体に広げていくために、講演やコンサルティングなどの活動を幅広く行っている。東京財団の客員研究員も務める。
日本を二流IT国家にしないための十四ヵ条』(日経BP社)
なぜ、改革は必ず失敗するのか』(WAVE出版)。