新型インフルエンザが日本国内に侵入し,パンデミックの恐れが生じると,会社が社員に自宅待機を要請する事態が現実的なものとなる。万が一こうした事態が発生した際に,会社として何も対策をしておかないと,即座に業務が麻痺状態となってしまう。幸いなことに最近のIT技術の進歩で,自宅にいながらでも,あたかも会社にいるかのように仕事を進めることが可能になってきた。そのための代表的な製品が「シンクライアント」と呼ばれるカテゴリの製品である。

日常の仕事環境を作ることで自宅からでも作業可能

 シンクライアントとは,アプリケーションの本体をサーバー側で動作させ,クライアントのパソコンにはその画面情報だけを送る処理形態を指す言葉である(図1)。ユーザーが操作するパソコン上でいろいろなアプリケーションを動かして処理する従来型の形態と違って,パソコンには表示や入力と行った最低限の機能しか必要としないことから「薄い」や「細い」といった意味を持つ“thin(シン)”クライアントと呼ばれる。

図1●シンクライアントではアプリケーションなどをサーバー側で実行し画面情報だけをユーザーのパソコンに転送する
図1●シンクライアントではアプリケーションなどをサーバー側で実行し画面情報だけをユーザーのパソコンに転送する

 この「パソコン側に必要最小限の機能しか搭載しない」というシンクライアントの処理形態における特徴が,パンデミックなどへの対策で社員の在宅勤務を余儀なくされた際に役立つ。日頃から,社員が仕事で使う作業環境をシンクライアント環境を使って用意しておけば,万が一社員が出社できない事態となっても自宅で仕事を継続できる。

 シンクライアントでは,デスクトップを含めてユーザーが使っている環境をサーバーに保存しておく。そのため,サーバーにアクセスできさえすれば,ユーザーがどこにいようとも同じ環境を再現できるのだ。つまり,社員は自宅にあるパソコンを使いながら,オフィスで昨日まで仕事をしていたのとまったく同じ画面で作業できるようになる。シンクライアントを使えば,社員は自宅にいながらオフィスにいるのとまったく変わらずに仕事をこなせることになる。

歴史があって導入しやすい「サーバー・ベース方式」

 シンクライアントを実現する具体的な方法としては,大きく3つに分けられる。(1)サーバー・ベース方式,(2)デスクトップ仮想化方式,(3)ブレードPC方式---の3つである。以下,順に見ていこう。

 (1)のサーバー・ベース方式は,アプリケーションの仮想化とも呼ばれるもので,サーバーに仮想アプリケーションのためのソフトを導入する。この仮想アプリケーション・ソフトでは,それぞれのユーザーごとに仮想操作環境を用意して,各環境の中でユーザーの要求に応じてアプリケーションを実行する。クライアントとサーバーの間では,各環境の画面イメージと,キーボードやマウスの操作情報をやりとりすることで,実際にはサーバー側でアプリケーションを実行しながら,ユーザーはあたかも自分のパソコンで動かしているように操作できる。

 サーバー・ベース方式で実現している個別のユーザー環境は,OSのマルチユーザー機能を利用した擬似的なものとなる。このため,必ずしもすべてのアプリケーションが使えるとは限らない。複数ユーザーによる同時利用を想定していないアプリケーションの中には,正常に動作しない場合もある点に注意が必要である。また,ユーザーが利用できるOS環境も基本的に1つに限定される。例えば,ユーザーAがWindows Vista,ユーザーBがWindows XPといった使い分けは,サーバー・ベース方式では基本的にできない。

 このサーバー・ベース方式は,シンクライアントを実現する3つの方式の中では最も歴史がある。このため,全体のシステム構成やネットワークの設計などに関するノウハウが比較的蓄積されている。サーバー・ベース方式を実現する具体的な製品としては,マイクロソフトのWindows Server 2008が装備しているターミナル・サービスや,シトリックス・システムズの「Citrix XenApps」などが該当する。