今から6年ほど前,シリコンバレーの中心部にある米マイクロソフトの研究所を見学した。同社の日ごろの研究成果を発表する場だったのだが,その一つに「MyLifeBits」と呼ぶ研究があった。

 同研究を紹介するブースには,ミニコンのVAXアーキテクチャを考案したことから「ミニコンの父」と呼ばれたゴードン・ベル氏がいて,来場者に自らその機能を説明していた。同氏は米ディジタル・イクイップメント(DEC)の副社長を務めたこともあるのだが,当時はマイクロソフトの一研究員としてソフトウエアの開発に取り組んでいた。

 ゴードン・ベル氏が,来場者に気さくに話しかけているのにも驚いたが,研究テーマ自体もとても面白いと感じた。そのときの説明では,人が見聞きした記録のすべてを「ビット(デジタル情報)」として残すためのソフトウエアを開発したとのことだった。記録の対象は,毎日送受信するメール,閲覧したWebページ,読んだ本,撮影した写真,聴いた音楽,とにかく全部記録できるのだという。

 ベル氏は,これらの情報を一生涯(67年と想定)にわたって蓄積すると1Tバイトになると計算した。パソコンのディスク(記録媒体)の容量としては,(取材時の2003年当時から)5年以内に1Tバイトが標準になると想定し,「間もなく一生涯をパソコンに記録できる」と説明していた。現在,パソコンの上位機種には1Tバイトのハードディスク装置(HDD)が搭載されている。デジカメの普及などで身の回りのデジタル・データは氏の想定よりも増えているような気がするが,既に生涯のすべてがパソコン1台に記録できるようになっているのだろうか。

 今になってこの研究を思い出したのは,先日,米グーグルが電話サービス「Google Voice」を発表したからである。このサービスでは,留守番電話に残した音声メッセージをテキストに自動変換する機能に注目した。この機能自体は真新しいものではないが,グーグルの検索サービスと組み合わせると,目的に応じて容易に録音内容を検索できるようになる。

 グーグルとしては,録音内容から広告に結び付けたいのだろうが,ユーザーとしてもいろいろな使い道が考えられる。できれば留守番電話だけでなく通話内容も記録するように機能拡張してほしい。記者の場合,電話取材の内容がテキスト化されると,「あのキーワードが出てきた場面」を簡単に見つけられ,仕事が楽になるからだ。

 ベル氏はパソコンに一生涯を記録することを想定していたが,実際には,蓄えられるのはネットワークの先,“クラウド”の上なのかもしれない。記者の場合も,撮影した多くの写真は既にネットワーク上にあるし,ここ数年のメールもGmail上に蓄えられている。

 Google Voice以外にも,このところ音声通信関連が久しぶりににぎやかになっている。携帯電話を内線電話として使いやすくするため,携帯電話各社は定額サービスを導入し始めた。ソフトバンクモバイルとKDDIが先行,NTTドコモも夏には始める予定だ。

 数年前に注目が集まったIP電話も,ここに来て引き合いが増えているという。これまでは音声通信の見直し作業に手付かずだったユーザー企業が,コスト削減のために動き始めたというのだ。説明するまでもなく,景気後退がその背景にある。ベンダーにとっても,「コスト・メリットを詳細に算出してほしい」など,以前に増して要求がシビアになっているという。

 5月29日に日経コミュニケーションが開催するセミナー「クラウド時代の電話コスト見直しセミナー」では,これら音声通信関連の最近の話題を網羅するプログラムを組んでみた。コスト削減を考えている方,音声通信の今後の動向に関心のある方にはぜひ参加していただきたいと思っている。